受講生インタビュー

フルタイムの看護師として働きながら、副業のPR代行とSNSコンサルで収入が倍増 大手女性誌8ページの大型特集も獲得―浜住聡子さん

フルタイムの看護師という本業がありながら、PR代行業やSNSコンサルタントとしてもご活躍中の浜住聡子さん。8月にPR塾を卒業後、サポートプランで学ばれています。なぜ、短期間で本業を超える副業収入を得られるようになったのか。明確に定めたゴール設定と、そこを見据えたPR塾での学びの様子をうかがいました。

Profile

大学病院で看護師を8年。その後、料理教室やメンタル講座を開催。2020年にはAmazonで電子書籍出版をし14冠獲得。
今まで自ら実践してきたSNS集客や、個人をブランド化していくためのライティング経験などを、更に専門性のあるものとして活用しようと2021年PR塾に入塾。
現在は、看護師とPR代行、SNSコンサルを両立しながら活動している。
富山県在住。32歳。

クライアント様とのZOOMミーティング前の浜住聡子さん
(ZOOMでクライアント様とのミーティング前の様子)

―これまでどのようなお仕事をされてきましたか?

3年前までは大学病院で看護師としてバリバリ働いていました。その後、コロナ禍で開催できなくなるまでは、料理教室やママ向けのメンタルやコミュニケーションの講座を開いていました。今は保育園の看護師をしながらPR代行、SNSコンサルタントとしての仕事もしています。

―なぜPR塾に入塾されたのですか?

今まで自分が料理教室やメンタルの講座をしてきた経験から、Instagramの運用方法を教えたり、人の活動に対してブランディングアドバイスをしたりする機会が結構あったのですが、仕事というよりほぼボランティアでした。
「それコンサルのお仕事にできるんじゃない?」と言われたのですが、自分の経験からアドバイスしているだけで、これが仕事になるのかな?と思っていた時にPR塾のことを知りました。
SNSの集客や、メルマガ、独学で習得したライティング、人の活動に対するアイデアや企画のアドバイスなど、今までやってきた点と点が線でつながるのはここだ! と思って入塾しました。

―以前はご自身の経験からアドバイスをされていたんですね。

はい。「絶対こうした方がいい」と思ってアドバイスはしていたのですが、ご本人のモチベーションにはつながらなくて、なかなか動いてもらえず。自分の経験に基づいて話をしていただけだし、専門的な知識があるわけでもないので、仕事としてお金をいただくのも抵抗があって、くすぶっていました。

そんな時、PR塾のことを知って「メディアに向けてのアプローチって面白いな」と思ったのと、「アイデアを出して企画書を書く」のは、ライティングスキルも生かせるし、自分に合っていると感じました。またSNSのことも教えてもらえるので、ここで専門的に学べば自分に自信が持てる、自信を持ってアドバイスできるようになれば仕事にできる、と思ったんです。

―看護師のお仕事と、学びの両立に不安はありませんでしたか?

もともと「やる」と決めたらやり切りたい性格なので、言い訳をするのは好きじゃなくて。
両立が難しいというより、「両立できたらすごいよね、未来の自分は絶対自信がついているよねという」方向で考えていたので、楽しんで取り組もうという感じでした。

―実際に入塾されて、どんな印象でしたか?

とにかく、とても驚きました。ほかの講座もいくつか受けたことがありますが、通常はこの盛りだくさんの内容をオンラインで学ぶと、臨場感や空気感を味わえなくてモチベーションが下がったり「動画だからいいや」って観なくなったりすると思うんです。
オンラインの講義だけで、ここまで自分ができるようになるなんて信じられませんでした。
動画講義とテキストの内容が濃くて専門的、ボリュームも多いのに、分かりやすすぎると思いました。


―ほかの講座との一番の違いはどこにあると思いますか?

リアルにその場に行って、質問して、仲間と共有し合って、やっとモチベーションが上がっていって、そこから実践的に行動していくというのが、ほかのコミュニティや講座だと思います。PR塾はオンラインなのに、現場で学んでいるのかと思うほど、構成が素晴らしいし、まったくPRのことを知らなくても学びながらスキルを身につけることができる。そこが一番の違いかなと思います。
また、LITAが実際にPR代行業もPR塾も同時に行っているので、常に専門的な知識がブラッシュアップされる感覚があって。時代遅れにならない情報を常に教えていただけるという安心感もありました。

―お仕事をしながら学ぶために、どんな工夫をされていましたか?

基本はタイムスケジュールの管理ですね。仕事に行っている8時間以外の16時間のうち、自分は1日何時間PRに費やせるかな?と考えて逆算していきました。
まずは移動時間を利用して、ベーシックの動画を3日くらいで全て観た上で、何からやっていくかを考え、「ここだ」と思ったタイミングでモニターを募集しました。

―いきなり10件のモニターさんを担当されていますが、どのように募集されたんですか?

はい、実は戦略があったんです。
去年、自分自身と向き合うため、そしてセルフブランディングのためにミセスコンテストに出場しました。準備を始めた4月から日本大会の11月までは、「ミセスコンテストのことだけをひたすら発信する」と決め、華やかさだけでなく、出場を決めてから日本大会までのプロセス、自身の価値観やマインドなどを発信して少しずつ種をまいていきました。

日本大会が開催される11月までその発信を続け、一番認知度が上がり、注目が集まったタイミングで、いきなり投稿をPRの内容に切り替えたんです。そこでさらに興味を持ってもらえたようで、12月に無料モニターを募集したら10件の応募をいただきました。
看護師をしながら一人で何件担当できるか試してみようと思って、応募いただいた10件すべてをお引き受けして、3カ月間やってみることにしました。

デスクでパソコン仕事をする浜住聡子さん
(仕事風景)

―3カ月後の結果は?

本当は3カ月で実績を出して、4月から本格的に募集しようと思っていたのですが、それは間に合いませんでした。でもちょうど4月からSNSコンサルの仕事をスタートしたので、その中で「SNSよりもメディアPRが向いているな」と思った方に提案をしてPR代行の業務委託契約をしたんです。

―そこからPR塾卒業までの4カ月間で得られた成果を教えてください。

新聞3社掲載、大手ファッション誌Rayに全8ページの大型特集が決まりました。

―Rayに8ページの特集はすごいですね。決まった時どんな気持ちでしたか?

めちゃくちゃ嬉しかったです。富山でもできるんだ!と思いました。
お手紙と企画書を送ったらメールでご連絡をいただいたので、著書を送ったのですが、1カ月半くらい音沙汰がありませんでした。流れたかな…と思っていたところ「企画を特集として全8ページで取り上げたい」というメールが来たんです。最初は信じられなかったけれど、特集の企画書が添付されていたので「これは本当だ!」と思って、すぐにお話をすすめさせていただきました。

―なぜ成果が出たのでしょうか?工夫されたことはありますか?

クライアントさんが良かったというのもあると思います。すでに「ほくろ占い」でメディア実績のあるクライアントさんだったので、大手ファッション誌にアプローチできたのがありがたかったです。それでも15社ほどアプローチした中のわずか1社。自分の力だけではなく、周りの方々がいたから成果につながったと思います。

また、平日の日中は本業があって、お電話でのアプローチができないので、その分思いを手紙に託そうと思いました。ここが、ほかの人にはできない私ならではのライティングの部分。クライアントさんのPR設計をしっかりインストールして、言葉に魂を込めました。
ベースにしたのはPR塾で学んだ型ですが、そこにその媒体の過去記事を読んで感じたことを書いた上で「読者様にこのように届きますよ」ということを、めちゃくちゃ考えて書いて送ったんです。これで拾ってもらえないなら、悔いなくまた次頑張ればいいと思えるレベルまで考えました。

(2022年10月号 Ray掲載)

―結果は努力の賜物なのですね。フルタイムで働きながら、そこまで頑張れる秘訣はありますか?

私、必ず数字でゴール設定をするようにしているんです。実は2回の離婚を経験して、今年3月には投資詐欺にも遭っているのですが、そのおかげで夢だけで人は救えないし、守れないことを実感しました。じゃあ、何があったら守れるのかと考えた時に、必要なのは「経済的な自立」と「心の自立」だということに気づいて、数字を見る、足元を見るということが習慣になりました。

失った金額を自分の力で取り戻そう、それを利己的ではなく利他的な仕事として人に喜ばれる方法で…と考えた時に、出てきた答えがPR代行やSNSのコンサル。詐欺に遭った金額はひと月半くらいで回収できました。

―ゴール設定が鍵だったのですね。実際にはどんなゴール設定をされていたのですか?

PR塾に入った時に、「1年後は半年契約で月30万円を目指す」と言ったら、郁乃さん(代表の笹木郁乃)に「さとちゃんだったら60万行けるから」と言われて、「そこを目指します」と宣言しました。

そのために、看護師の仕事は、手は抜かないけれど無駄な感情や人間関係は入れずに淡々と。終業後、夕方6時半から0時まではミーティングや企画書づくり、コンサルなど。朝も5時くらいからクライアントさんとZoomでミーティング。寝ている以外の時間は全部仕事を入れました。睡眠時間は4時間くらいですが、寝る時間を削ってでもゴールに到達したかったので。結果として、今は看護師のお給料と副業収入がほぼ同じくらい。良い時には1.5倍くらいになる時もありました。

―もはやどちらが副業かわからないご活躍ですね。収入以外に変化はありましたか?

「メディア専門のPR代行をフリーランスでやっている人は、富山ではほかに誰もいない」と言っていただけるようになりました。
地方はコネさえあれば割と地元メディアとはつながることができるので、内向きのコミュニティには発信しやすいんです。でも、外に向けて発信していないので、県外への発信力が非常に弱い。だから過疎化も進むし、なかなか発展していかないという落とし穴があります。
私はその穴をPR代行で埋めることができる。そう言い切れるのは、すでに実績があるLITAで学んだという安心感が、私の自信になっているからです。私のビジネスマインドはPR塾で上がりました。
PRのニーズはあると感じているので、さらにWEBマーケティングの専門家とタッグを組むなどして、多角的にご提案の幅を広げていきたいと思っています。

―これからの夢や目標は?

1〜2年のうちに、年商8桁の信頼あるPR代行会社を作ることです。
最近ある方から「PRで困っている自治体も多いから、自治体とお仕事したらどう?」というアドバイスをいただきました。確かに地域への貢献もできて、喜んでいただいて、その対価をいただくことで、喜びが循環していきますよね。対価が大きくなるということは、喜んでいただける方が増えるという事。泥臭くても、種をまき続けます。夢を語って終わるのはダサいので、地に足をつけてやっていきます。

―最後に、入塾を迷っている方にメッセージをお願いします。

私は漫画のワンピースに出てくる「人は本当に死ぬときって、人に忘れられた時」という言葉が好きなのですが、まさにその通り。どんなにいいサービスがあっても、知ってもらわなければ死んでいるのと同じですよね。
でも「知ってもらう力」を自分で一から創り上げるのはとても難しく、時間と労力の要ることですが、それを全て伝えてサポートしてくれるのがPR塾です。ただ教えるだけでなく、プレーヤーとして最前線を走っているリアルタイムな情報を学べるなんて、こんなにありがたい環境はありません。

PR塾は私にとっての安心材料です。必要なものは全部塾に揃っている。あとは自分がどう動けばいいかだけ。まずは「自分のために変わる覚悟」をして入塾することができれば、「人様のために役立つ覚悟」も生まれます。経済力をつけたい方には心からおススメします。

―ありがとうございました。インタビューをしていたはずなのに、コンサルを受けている感覚になるくらい、貴重なお話を聞かせていただきました。ますますのご活躍を楽しみにしております。

※2022年9月24日取材当時の情報です。

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