受講生インタビュー

「20年近く自分らしく生きられなかった」 専業主婦を経て3年でテレビに取材される経営者へ―三留綾子さん

三留さん

PR塾卒業後もサポートプランで学んでいる三留綾子さんは、新潟県で空き家再生やアンティーク着物やアンティークボタンの販売など、古き良き文化継承に関わる会社を経営しています。「歴史や文化を次の世代につなぐ”橋渡し役”になりたい」と語る三留さんに、4人のお子さんを育てながら、さまざまな事業にチャレンジするパワフルな日常と、PRの活用方法について話を聞きました。

Profile

株式会社story代表取締役。2018年起業。4児の母。

社会から取りこぼされがちなリアルな現実をプラスに循環するという理念の基、環境活動を展開。古民家を店舗再生、帯小物を海外に販売。閉店店舗からボタンを買い取り、コレクターに繋ぐ専門店をオープン。アップサイクルな循環の輪をつなぐ事業をSNSを通して行う。「MOTTAINAI」心を伝え、現代の消費の社会に疑問を持ってもらいたいと「古き良き」から流通を起こす。

Instagram(三留綾子さん)

Instagram(世界のボタン屋ルニカ)

Youtube(TeNYテレビ新潟「新潟一番」)

バーチャルでも購入できるアンティークボタン屋が話題になりテレビ放送!

―三留さんはPR塾に入塾した昨年は、新潟県長岡市で、着物を着て行う街歩きをプロデュースしたり、帯を使った小物の販売などをしているとうかがっていました。今はどんなことをしていますか?

私は環境活動家として歴史や文化を次の世代につなぐ、”橋渡し役”のようなことがしたいので、引き続きアンティーク着物を着て街歩きをご提案する事業をしています。また、他にも空き家再生のコンサルティングもしています。

ただ、実は最近新しい事業であるヴィンテージボタン屋をスタートさせたんです。閉店する手芸店からボタンを買い取って、リアル店舗とZoomを使ったバーチャルで販売するというものです。今年4月にTeNYテレビ新潟で放送されて、Yahoo!ニュースにも転載されました。

―テレビでも放送されるくらい話題になったのですね。

Instagramで情報を発信していたら、県外のコレクターやアクセサリー作家さんたちからたくさんお問合せをいただくようになり、バーチャル店舗を始めたところ、売上が40倍にもなりました。人とのご縁で拓けたお仕事ですが、私は、古くなり、光が当たらなくなったものにこそ、価値があると考え、そこに光を当て宝物に代えて循環を起こすため、これまでも着物や古民家、空き家の再生を行ってきたので、今までやってきたこととつながりはあるんです。

―素敵ですね。

ただのボタンではなく、「見てみたい!箱を開けてみたい!」というワクワク感が詰まっているヴィンテージボタンの世界なんです。なので、海外の方にも楽しんでいただけると思い、スタッフが中心になり、海外のECサイトでもボタンを使った和小物の販売を開始する予定です。その商品の制作は、地域の就労支援施設の方たちにお願いしています。

他にも、店内ではボタンを使ったワークショップも行っています。ボタンを通して、人と人の絆づくりに重きを置き、体験を販売していきたいと考えているんです。

20年の専業主婦を経てパートナーから独立、起業へ

―ところで、再生された空き家はどのように活用しているのですか?

現在新潟県に8〜9軒、再生した空き家があります。そのうち1軒は、シングルマザーのシェルター的な場所にしており、築118年の古民家はアンティーク着物のショールーム兼ショップにし、その他は新潟に移住してくる方々にお貸ししています。私もペンキを塗ったり、塀を壊したりと実際の作業に一緒にチャレンジしてもらうことにより敷金礼金なしで安く提供させていただいています。壁紙や障子を一緒に貼ったり、男女関係なく一緒に簡単な大工仕事をしていただいているんですよ。

私は、もともと環境活動家として講師もしていたくらい、環境保全を主軸にしており、その土地の文化や歴史が途絶えないように継承することは、環境活動のひとつだと思っています。空き家の再生やボタン屋さんも、古いものに光を当て、その時代の背景を紐解き、日本人のDNAに触れることができます。世界でも注目されている日本人の大切にしている心【MOTTAINAI(もったいない)】を誇りに思うなど、それを啓発するような事業はすべてSDGsだと思っています。

―そうなんですね。三留さんは、ずっと環境や歴史に関わるお仕事をしてきたのですか?

実は3年前の40歳まで、ほぼ家から出たことのない専業主婦だったんです。当時のパートナーが支配的なタイプの人だったので、私はずっと頑張って家のことに専念してきました。子どもが4人いるのですが、外に自由に出ることもできない日々に息苦しさを感じ決断してシングルになりました。メディアでパートナーシップについて口にするのは勇気のいることですが、私が前に出ることで、男性に依存しない女性を増やせるのではと思っています。

―大変な時期があったのですね。それから3年間でさまざまなチャレンジをされたのですね。

私は、40歳で社会を全く知らないと気付きました。母親である私が知らないということは、私の子どもたちはもっと社会を知らないんだとショックでした。子どもたちにとって一生問題なので、このままではいけないと思い、子どもたちと一緒に外に出て、いろんな人に会い、さまざまなチャレンジをしてきました。

―お子さんたちは今おいくつですか?

長男16歳、次男が13歳、双子の男女が小学2年生です。実は長男はコミュニケーションの壁を感じ生きづらさを感じやすい個性があります。幼い頃は多動だし、話さないし、意思の疎通が困難なことで偏見の目で見られることもありましたが、食事療法やどんどん一緒に外に出ることで随分改善しました。

―そうなんですね。パートナーシップを解消された時、安定した収入が入る仕事をしようと思いませんでしたか?

安定収入というよりもやりがいを感じることを望んでいました。保育士だったという経験上、組織で働く=不自由だと知っていました。でも当時のパートナーからは「普通の母親」でいるように求められ上から蓋をされるような生き方は嫌だと反発しました。このままだと私の人生そのものに自由はないと悟り、その勢いのまま起業したんです。

―事業が軌道に乗るまでは大変だったのではないですか?

体を壊してしまったこともあります。最初は一軒家を借りて、ママ向けのイベントのサポートをしていたんです。同時にSNSカウンセラーの資格を生かし、コンサルや講座も行っており、そちらのほうで成果が出てきました。SNSでの見せ方のために仕方ないと美容やファッションに月5万円以上もかけ、安くはない商材を販売していたんです。

そんな時、NST(新潟総合放送)で、ママ向けのイベントをサポートする女性として取り上げられ、その放送を見て、テレビの中の自分自身に大きな違和感を感じました。首から上は金髪にまつげエクステをつけて、首から下はエプロン姿。ママたちに決して安価ではない講座を販売しながら、同時に「ママたちを応援しています!」と言ってイベントのサポートをしていました。テレビ出演をきっかけに、そんな自分に嫌気がさして、SNSの仕事を休業しました。私の本当にやりがいを感じる仕事というのはシンプルに“相手の応援をしたい”ということだった、その起業の原点に気が付いたのです。

―そんなことがあったんですね。

いまでは思い切って起業してよかった、パートナーシップの見直しをしてよかったと思っています。こんな人生凸凹な私でも、いい仲間に恵まれて、自分自身の未来のポートフォリオを色鮮やかに描くことができるようになりました。

撮影のクルーの方たち

PR塾は仕事のステージの変化に応じてずっと使える!

3年前と比べて今、どのように感じていますか?

全く違う人生を生きているなと思いますね。「井の中の蛙」状態で生きていた時期が20年近くあったので、今見ている世界はとても明るく「生き直している」と感じています。

PR塾は、どのように知ったのですか?

Facebookの広告です。笹木郁乃さんを初めて見た時に、「なんて素敵な方なんだろう」と思ったんです。とても洗練された印象で。『0円PR』も読みました。OJT式PR塾は、ちょうど会社立ち上げの時期と重なり、あまり講義に出られませんでしたが、今回新しく頂いたテキストを見ながら復習していると、不思議と以前よりすっと頭に入ってきています。付箋を貼ったり、ラインで囲んだりして早速使っています。

―新しくなったテキストを使ってくださってありがとうございます。

ボタン屋さんを始めるに伴い、Instagramを始めようと思い、PR塾の過去の動画を改めて見たんです。PR塾受講中は緊張もあってか頭に入ってこなかったことが、1年ほど経つと実生活での経験値が上がっていたことで理解できるようになってました。自分のステージが変わるタイミングで再度動画を見返すことで、より理解でき活かせたと感じています。

―今後はどのようなことをしたいですか?

今ひとつ新しく動いている事業があります。ラオスでデザインの学校を開きたいという夢を持つ学生を支援します。彼女は、デザインで様々な賞をとっている優秀な学生で、今年の7月にラオスに行くんです。そこで、ラオスで帯を使った小物を作り、その販売からの売上を積み立てて、学用品に代え、ラオスの子どもたちに贈りたいのです。

もうひとつは、地域の企業のハブのような存在になりたいですね。「広告費をかけないでPRが可能だ」と言っても、まだまだ「プレスリリースって何?」という方が多いんです。口コミを頂き私自身が地域の情報誌に掲載させて頂いてきました。編集者の皆さん情報を探していらっしゃるので、橋渡し的な活動をして地域にPRを浸透させ、元気のある街にしたいです。地域を元気にすることで、移住者も増え、地域が豊かになることを夢見ています。また、神社仏閣が好きなので、全国の神社仏閣を巡り地域の方からその土地の良さを聞きたいです。いろんな人の話を直接聞いて、私自身がその方のファンになることから生まれる気持ち「応援したい」を大切にして、次世代につなげたいんです。

―さらに地域に頼られる存在になりそうですね。三留さんの夢や目標は何ですか?

かたちがある目標としては、海外に商品を販売し、外貨を日本に呼び込み流通させること。かたちがない目標は、「明日が楽しみだから早く寝よう!」とワクワクしながら布団に入る、そんな希望溢れる人を増やしていきたいです。会社を大きくしたら、家事も育児も仕事もプライベートも充実させたい女性たちを多く雇い、個々の夢を叶えてあげたいです。今2人いる社員は、育児中の母親ですが「仕事が毎日楽しい」と言っています。彼女たちのような人を増やしたいですね。母親が社会で認められ笑顔でいられることで家庭が豊かになっていきます。その姿に刺激を受け、子どもたちが素直に夢を追い続ける為にもママとして自己実現を諦めないでほしいですね。

―記事に書ききれなかったことも含め、わずか3年で数えきれないほどのチャレンジをしてきたエネルギッシュな三留さん。今後もどんな事業を展開されるのか、楽しみです。