受講生インタビュー

自社のPRから他社のPRへ視点を切り替え素直に実践、モニター6社すべて掲載獲得のPRプロデューサーー坂本猛久さん

坂本猛久さんは、ハイブランドでの勤務経験を生かしてブランド品や宝石などの査定・買取事業を手掛けています。もともとは自社の認知拡大のために入塾した坂本さんですが、半年に満たないうちに他社のPR代行でメディア掲載を多数獲得。PRプロデューサーとしてご活躍されています。そのきっかけと秘訣をお聞きしました。

PROFILE

GIA(米国宝石学会)G.G.資格保有者

PRプロデューサー

カルティエの販売スタッフからスタートして、ショーメ、ブルガリで店長職を経てフランスのシルバーウェアの老舗である「クリストフル」でエリアマネジャーを務める。

店長、エリアマネジャーとして店舗を運営し、スタッフの育成、顧客の開拓、売り上げを増やすノウハウは実務経験から得たもの。

現在は、売る側から買い取る側に転身。ブランド買取とPRプロデューサーの二刀流。

ラグジュアリーブランド店長経験者のPRプロデューサーは唯一無二の存在。

Facebook:https://www.facebook.com/sakamoto.takehisa

instagram:https://www.instagram.com/takehisajapan/

HP:https://satei-meijin.com/salon/

(みんなの経済新聞からYahoo!に転載)

ハイブランドから独立した自社の認知拡大を模索しPR塾へ

―坂本さんは、これまでどんなお仕事をされてきたのですか?

大学を卒業して、国内のジュエリーメーカーで2年くらい働いた後、憧れていたカルティエに就職しました。そこから、ショーメ、ブルガリで店長職を経てフランスのシルバーウェアの老舗である「クリストフル」ででエリアマネジャーをして、40歳の時に独立しました。

現在はジュエリーと時計、ブランド品の買取、一括査定を行う会社を経営しています。

―憧れのハイブランドから独立したきっかけは?

以前、本か雑誌で「起業して成功する確率が高いのは40歳未満」というのを読んだことがまず頭に残っていました。

ちょうどもうすぐ40歳になる頃、クリストフルで10店舗以上のマネジメントをしていたのですが、とにかく時間がなくて。

息子が小学校受験をするのに、親の面接の時間を調整できなかったり、親の面接がない受験校でも、朝会場まで一緒に行ってあげられなかったりするのが心残りで。週末も出勤があったり出張があったりと、家族との時間を犠牲にしていたので、独立して自分で会社を立ち上げた方がいいのではないかと思い始めたんですよね。

最初は宝石屋さんをやろうかと思ったのですが、この業界はあと20年後にどれだけ発展性があるんだろう…と将来が不安になりました。そこで、これまでの知識や経験を活かしてジュエリー、ブランド品、時計の査定・買取をする会社を立ち上げたんです。

―話し方がとても落ち着いていますね。

それなりのお客様がいらしていましたし、店長はいろんな方にご挨拶しないといけなかったので、わきまえるというか、落ち着いた振る舞いが身についたかもしれないですね。

―PR塾に入ろうと思ったきっかけは?

起業して、まず紙のチラシや新聞広告、コミュニティペーパーに広告を出したり、インターネットのリスティング広告を出したりしたのですが、全く費用対効果が得られませんでした。

リスティング広告は、お金をかければ一番上に表示してもらうことはできます。でもお金をかけて一番上に行っても、下にネームバリューのある会社が出てくると、お客様はそちらに流れてしまう。

これは、知名度を上げる必要があると思って色々調べていたら、Facebookで当時PR塾生だった方と繋がりました。コンタクトを取ってみたら「笹木郁乃さんのところで勉強しています」ということで、郁乃さんの書籍『0円PR』を勧められました。読んでみたらすごく面白かったので、その後もその塾生の方に色々お聞きしていたら、今度は2冊目の『SNS×メディアPR 100の法則』を紹介されて。それを読んで、学んでみようかなと思えたので、説明会に参加しました。

(読売新聞掲載)

個別相談で指摘された自身の強みは”人のサポート”だった

―自社をPRする方法を探されていたのですね。

はい。最初は自分の事業のためにPRを学ぼうと思っていました。

オンライン説明会の後に個別相談会に参加したのですが、その時に担当してくださった男性に「坂本さんは、ギラギラしたタイプじゃないですよね?買取で天下取ってやろう、とか考えていますか?」と聞かれたんです。

「いやそこまでは…」と言ったら「もしかしたらほかの人をサポートする形でPRした方が向いているかもしれないですよ」と指摘されて、そのとき初めて「あぁ、そういう手もあるのか」と思いました。

振り返ると、これまで確かにほかの人をサポートしたり、人材を育成したり、ほかの人を引き立てる立ち位置で仕事をしていることが多かったんです。

同じ「店長」でも、プレイヤーとして自分がガツガツセールスするタイプと、マネジメントを重視するタイプがいるのですが、自分は間違いなく後者でした。

今やっている一括査定サービスも、お客様から商品をお預かりして、10の業者に査定をしてもらい、その中で一番高い金額のところで商品を買い取ってもらうというものなのですが、一般の方が個人で10社の査定を比較するのはかなり大変だし、知識がなければ、査定価格が適正なのかどうかも分からない―というところから、お客様のお役に立ちたいと始めたサービスなんです。やはりガツガツ買い取って販売したい、というタイプではないんだなぁと自分でも納得したので、そうか、それならほかの人のお役に立てる仕事としてPRをやってみようと、その時に決心しました。

―初対面の男性に、素質を見抜かれたのですね。入塾に迷いはありませんでしたか?

授業料も決して安くはないし、どれだけのリターンがあるのだろうか…と正直悩みました。でも入塾を決めたのは、その個別面談の男性のひとことがあったからです。

―実際に入塾してみてどんな印象を持たれましたか?

まずは、初心者でも成果を上げられているのがすごいなぁと思いました。ここなら初心者の自分でも成果を出せる方法を教えてもらえるだろう、という期待もありました。

―成果を出すために、どんなことを実践されましたか?

講義で「まずは実績を作ってください」と言われたので、モニター企業を探しました。

社会人1年目の時にお世話になった元上司が起業されていたので声をかけたところ、ご自身の会社だけでなく、ほかの会社も紹介してくださって、今は6社のPRを代行しています。自社のPRには、正直まだ手が回っていません。

―ご自身の会社ではなく他社のPRを、しかもいきなり6社ですか?

はい、自分の会社だけだと、実践する回数が少ないだろうなと思ったんです。一気に6社受けたので、場数を踏む回数が多くなりますし、モニターとはいえ他社に迷惑をかけられないという緊張感を持って臨むことができました。これが、半年未満で6社全てがメディア掲載されるという実績につながったのかもしれません。

そして実践していく中で、やはり自分はサポートをするのが向いているんだなということを再確認しました。

(プロ野球雑誌に掲載された時の様子)

教えてもらったことを素直に実践しただけ

―短期間で6社すべてが掲載獲得とは、なかなか珍しいケースだと思うのですが、なぜその結果を出されていると思いますか?

何でしょう…ラッキーなんじゃないかなぁ(笑)。

本当に特別なことはしていなくて、「こうすればいい」と教えていただいたことを、素直にやっているだけなんですよ。本講義やアウトプット練習会に参加して、プレスリリースの添削も必ず受けて、アドバイスいただいたことを、そのまま修正してメディアに送っています。

メディア交流会でプレゼンした時も、結構ダメ出しされたんですが、その場でいただいたフィードバックを反映させたプレスリリースを送ったら採用されたんですよね。

僕に秘訣があるわけではなくて、PR塾の講師の方々の質が高いんじゃないですか?ピンポイントでアドバイスいただけるので、どうすればいいか迷わなくて良いのが、とてもありがたいです。

―素直に実行するというのも、実はなかなかできないことなので、そこも坂本さんの強みなのかもしれませんね。そのほかに、PR塾で得られた成果はありますか?

初めてラブレターを書きました。…女性宛てに書いた事がなく、生まれて初めてのラブレターがメディア宛てです。

前職の時、商品購入から3日以内にサンクスレターを書いて、30日後、3カ月後と折に触れてフォローのお手紙を書いていたので、書くこと自体は苦ではないんです。

ただ、メディアの方へのラブレターはなかなか反応が見えないので、フラれるってこういう気持ちなのかな…と思ったこともあります。

―これまでのご経験があったからこそ、メディアの方の心を動かすラブレターがサラッと書けたのでしょうね。PR塾に入られてからの、ご自身の中での一番の変化は何だと思いますか?

ニュースを観る視点が変わりました。「これはきっと、こういうプレスリリースからニュースになったんだろうな」とか思うようになりましたね。

それから、異業種の方と交わる機会が増えました。PRに携わらなかったら、同業者としか接点がなかったと思うので、とても勉強にも刺激にもなっています。

―今後の夢を教えていただけますか?

実は「これをやりたい」っていう、大きなビジョンとかはないんですよね。

ただ、これからはPRと従来の事業との2本柱でやっていくつもりです。PR仲間と協業して20社くらいのクライアントさんのPR代行ができるようになったらいいなぁと思っています。

査定の仕事は、「売りたいお客様」と「買いたい業者」の橋渡し、PRの仕事は「アピールしたい会社」と、「ネタが欲しいメディアの人」の橋渡し。どちらも「仲介業」だということに気づいたので、仲介業のスペシャリストっていうのもいいかな。

いずれにしても、自分が間に入るからには、双方に喜んでもらいたいと思っています。

―最後に、入塾を迷っている方にメッセージをお願いします。

教わった通りに実践すれば、成果が出る場所です。

僕自身、最初は自分のためと思っていましたが、結果として人に奉仕する側に回りました。

とりあえず一歩踏み出してみないと分からないから、まずはやってみたらどうですか?と伝えたいですね。

―「大きなビジョンはない」と言いながら、20社くらいのPR代行を請け負いたいと話す表情がとても生き生きしていたのが印象的でした。これからますますのご活躍を楽しみにしています。ありがとうございました。

※2022年10月13日取材当時の情報です。

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