受講生インタビュー

PR塾で学んだPR設計を補助金申請に活かすことで、倍率8倍の中でも採択。一気に事業が加速。PRで福島の第六次産業を支える主婦コミュニティを主宰-横尾恵美さん

今回は、受講生の横尾恵美さんにお話を伺いました。横尾さんは、福島県で化粧品の製造販売と主婦コミュニティを主宰されています。主婦の力を地元福島の企業のPRに活かしたいと言う横尾さん。以前は東京でエステサロンを経営されていたそうですが、今どのような想いでPRプロデユーサーとして主婦を束ね福島を引っ張っていかれているのか、想いを聞かせてくださいました。

Profile

東京にて大手エステサロン就職、年間1000人の肌のお手入れを 担当する。その後独立都内にて美容サロン4店舗経営。立ち上げ、販促、スタッフ教育など経験 2011年震災・出産を機に故郷である福島県にUターン。

2016年ママ向けエステサロン開業 2017年アルモ化粧品開発開始。

2018年1年半かけて化粧品完成  2019年ママの力で化粧品を作ったことで、主婦コミュニティ 立ち上げ、主婦の力を活かす活動を行っている。

インスタグラムhttps://www.instagram.com/almocosme/?hl=ja

横尾恵美フェイスブック https://www.facebook.com/emi.yokoo.3

アルモ化粧品HP https://almocosme.com/

アルモ化粧品のへちま畑と横尾さんのご家族

東日本大震災をきっかけに、福島へUターン

―ご自身のお仕事についてお聞かせいただけますか?

「アルモ化粧品」というオリジナル化粧品の製造販売と、「しゅふコミ」という主婦コミュニティを主宰、運営しています。

―今住んでいらっしゃる福島県でご活動されているのでしょうか?

はい。結婚前は東京の大手エステサロンに勤務していました。その後独立というかたちで美容サロンを4店舗持たせていただいて、出張も多くバリバリ仕事をしていたのですが、東日本大震災を機に、地元の福島に戻りました。

震災当時両親や夫は福島にいたのですが、新幹線が止まっていてしばらく会いにも行けなかったんです。自分自身の価値観が変わり、ちょうど震災から2か月後に上の子の妊娠も分かったので、夫が住んでいた福島県の郡山市に住むことにしました。

―そうだったんですね。大変でしたね。

当時は放射能という目に見えないものと戦っていたという点で、今のコロナとちょっと似ていると感じます。県外に引っ越していった人もたくさんいますしコミュニティが崩壊しましたね。

私は福島県の出身ですが、郡山市は知らない土地だったので知らないところで、放射能汚染の怖さのため子どもと一緒に外に出にくく、ずっと家の中で過ごしていました。閉塞感と孤独感でいっぱいでした。

―そうでしたか。辛い時期でしたね。

子どもが少し大きくなって、やはり外に出たい!と思い、地元のエステで働いたり、育児をしながらの働き方を模索していたのですが、ちょうどその頃、子どもが肺炎になってしまって。

私が仕事をしていたから、子どもの不調にすぐに気付いてあげられなかったのかなと自分を責めました。下の子の妊娠も分かったタイミングだったので、一旦仕事は辞めました。

―今に至るまでにはいろいろチャレンジされたんですね。

はい。下の子が2歳になった頃、自分で何かしたい!と思ったんです。やっぱり子どもを預けて雇っていただいて働くのは難しいと思い……。

そうしたら、地元で託児所を併設するママたちのための「ママカフェ」を始めた方がいらっしゃることを知って。すぐに電話をしてカフェの1部屋を借りてママ向けのエステサロンをすることにしました。

―ママ向けのエステサロン!東京でのお仕事を活かされたのですね。

はい。始めてみると出産後のママたちがどれだけ疲れているかが分かり、ママたちにこそ癒しの時間やエステが必要だと思いました。

―確かにそうですね。

そしてエステをしていくうちに、お客様の悩みとしっかり向き合いたいと思い、自信を持っておすすめできる商品が欲しいと思いました。

―なるほど。そこから化粧品の製造と販売に進まれるのですね。

はい。そうなのですが、同時に感じていたこともあって。震災後の福島は、立ち入り禁止のバリケードが貼ってある画像などで表現され、「福島って今、住めるの?」というイメージだったと思います。

私はそれを一新したかったんです。子どもたちと一緒に暮らしている普段の福島の風景を全国の人に知ってもらいたい、発信したいと思いました。

―そのような想いを持たれていたのですね。

今は、家族で郡山市に住んでいるのですが、そこから離れた田舎に祖父の家があります。祖父は他界しているので、誰も利用しておらず、震災前は両親と、「ここを人が集まる場所にしたいね」と話していました。ちょっと変わった品種の栗の木を植えてみるとか、どんなことをすれば人が来てくれるかを考えていました。

ところが震災で、両親も「もうこんなところ誰も来てくれるわけがない」という気持ちになってしまいました。祖父が住んでいた家も老築化が一気に進み、畑にもつるがはこびり荒れ果ててしまって。でも栗林があったり柿の木やキウイなども採れるようないい場所なんですよ。

―栗や柿の木もあるんですね。素敵ですね。

祖父が残してくれたこの場所を使いたいと思ったんです。同時に自分のスキルを活かせる商品となると化粧品。化粧品の原料としてへちまを選んだのは、昔から山ではへちま水は化粧品として当たり前に使われていたものなので、おばあちゃんの知恵袋のような文化を後世に残したいと思ったことと、過疎化が進んでいるこの地域でお年寄りに委託して作ってもらえるような、手入れが比較的楽で1年目から収穫できる作物だから、ということがあります。

祖父が残した畑と東京での経験を活かした商品と地元の主婦コミュニティー活動

―そうなんですね。知りませんでした。おじいさんの残してくださった畑を利用して、地域も盛り上げる商品を生産されているのですね。

祖父の畑には毎週土曜日10歳と7歳になる子どもたちを連れて行っています。私の住んでいる地域は郡山でもわりと都会なので、子どもたちも非日常をとても楽しんでいます。父と母もいてくれて。栗拾いをしたり、泥まみれになって遊んだり。この間子どもが言ったんですよ。

「食べるのは一瞬なのに、作るのは時間がかかるんだね」って。モノができる背景まで感じとれる子どもって、今の時代少ないんじゃないかなと思います。私は田舎で育ったので、果物を収穫したり、山で遊んだりする日常を当たり前だと思っていたんですよ。

福島の人って、「福島には何もない」って思っている人が多いんですね。確かに目立った特産品はないので。でもこういう“普通”ってどこにでもあるわけじゃないんですよね。福島の人たちが思う“普通”の大切さが、どれだけ貴重かは、東京で暮らした経験から分かりました。

―横尾さんは素敵なところで育ったんですね。そして東京がそれに気付かせてくれた!

そうです。昔は地元が好きじゃなくて、もう戻らないと思っていましたから。

―そうでしたか。そんな想いからできた化粧品ブランドだったのですね。具体的にはどんな商品ですか?

へちま水の化粧水とクレンジング、シルクを使ったファンデーションです。

―ブランドができたストーリー、とても印象的です。主婦コミュニティはこの化粧品とは関係があるのでしょうか?

私は商品開発については全く知識がなかったんですよ。化粧品を作ろうと思ったものの、ロゴやパンフレットもどうしたらいいのか分からなくて。

そうしたらイベントで知り合った方や、化粧品のパッケージについてアンケートに答えてくださっていた周りの主婦の方たちが、「私、それできます」とか「それは知り合いができるかも」と言ってくださって、主婦の力だけで商品が完成したんです。何のコネも人脈もなかったところから。

商品を通じて少しずつ「恵美さんがするんだったら」と集まってくださって、そこからコミュニティという形で立ち上げ、今は県から補助を受け運営していますが、なんとなく集まって愚痴を話しているだけのコミュニティじゃもったいないな、と。

―集めたのではなく自然に集まった人たちなのですね。

そうですね。今は「主婦は街の広報部」ということを掲げて、主婦の力を地域で活かすためのコミュニティとして主宰しています。今年は被災地を対象にした補助金に採択され、その補助金を利用して、写真の撮り方やライティングなど9月から11月まで主婦向けの講座を開講しています。

―ご自身のスキルを磨いて活かしたいというママたちが集まっているのですね。

そうです。スキルを活かして価値を生み出したい人たちです。主婦って地域の情報に凄く詳しいんですよね。「え?そんなことも知ってるの?」というようなことを知っています。美味しいものとか、新しくできたお店とか。

しかも福島のママたちって、福島の出身じゃない方も多いのですが、東日本大震災をきっかけに、みんな「ここに住んでていいのかな?」と一旦考えた上で「住んでいこう!」って決心した方たちなんですよ。だからこそ子どもたちのために、もっと福島をよくしていこうという想いが人一倍強いんです。

私はママの笑顔が子どもの未来を作ると思っているので、一緒に福島をママの笑顔が溢れる場所にしていきたいです。

―福島のママたちの強さを感じます。素敵なコミュニティですね。

ありがとうございます。最近は若いママたちにも知ってほしくてインスタに力を入れていて、2300人くらいフォロワーがいます。

―横尾さんご自身はSNSの発信などは得意だったのですか?

インスタなどで凄く素敵に見せられる方っていると思うんですけど、私自身はそういうセンスはないと思っています。でも「しゅふコミ」にはインスタの講師の方もいますし。私はゼロ→イチが得意なんです。多分田舎で育ったからかもしれませんが、「食べるものがなかったら、種を植えればいいんじゃない?」「ないなら作ればいい」と思っています。化粧品もコミュニティもそんな感じでできました。

―福島のママたちはみんな横尾さんのことを知っていそうですね。

いえいえ、そこまで影響力はないです。

―ママたちの力を地元の企業さんに活かす、という主婦コミュニティ事業、素敵ですね。

来年から本格的に、講座に参加してくださった方の力を地元の事業者さんの役に立てられるようにしていきたいです。というのも、実は私、自分が作った化粧品が第六次産業だということを知らなくて。というか、第六次産業という言葉も知らなかったんですね。

でも第六次産業を支援している団体と知り合って、第六次産業をしていらっしゃる農家さんなどと知り合い、一緒に講習などを受けていると、「いいモノができたんだからSNSで発信しないと!」と専門家の方たちにアドバイスをされるんです。

―やはり発信ですね。

でも、農業で作物を作るだけで大変で、それを使った商品も作るとなるとかなり大変。そこから先のSNSや販売まで手掛けるって、現実問題できるのかな、と。そこを主婦の力で補いたいんです。

―PR塾を知ったのはその頃でしょうか?

そうなんです。コミュニティのメンバーでテレビ局に勤めている方がいらっしゃって、「恵美さんがやりたいのって、これじゃない?動画配信とかあるから見てみたら?」って、笹木郁乃さんのFacebookグループを教えてくれたんです。

ちょうど数日間のライブセミナーも行われていて、福島にいらっしゃる鈴木浩三さんが出演されていたんですよ。「福島にもこんな方がいるんだ」と思って、私も学んでみようと思いました。私がPRを理論的に学べば福島が抱えている課題や第六次産業の問題解決に役立てると思ったんです。でも全国的にはまだまだ知名度が低かったりもったいないと思う事が多いので。

―そういう経緯でPR塾を知ってくださったのですね。

実はPR塾に入る前も、ちょこちょこ新聞に掲載されたことはあったのですが、もっと上手に活用できる気がしていました。

福島民友に掲載

PR設計を活かして補助金の申請に採択。事業が加速化!

―なるほど。今PR塾はどんなふうに役立っていますか?

実は、主婦向けの講座のための補助金の応募にPR設計がとても役に立ちました。ちょうどPR設計を学んでいる頃に補助金のことを知り、申請書を準備していたんです。申請書には、「なぜあなたが?」「どうやって?」などPR設計にとても近い部分がありました。

それに、福島県内の補助金だったら少し調べれば私がどんなことをしているかは分かってもらえますが、今回はサントリーさんの補助金だったので、私のことは全く知らない方を想定して書類を書かなければなりませんでした。それは、メディアの方を意識して企画書やリリースを書くことに通じていると感じました。全部で10団体が採択されたのですが、個人名で採択されたのは私だけだったんですよ!

―補助金の申請にもPR設計は役立ったのですね。

はい。PR塾には詳しいテキストもありますし、講義でも分かりやすく体系的に教えていただけています。PR設計を学べば、自分のサービスの魅力を短い言葉で誰にでも分かるように伝えられるようになると思います。

私も講義を受け、しっかり勉強していたので、自分のやりたいサービスの魅力を自分の中でもまとめることができ、それを申請書に落とし込めたと感じています。

自分のやりたいことやアイデアは自分自身の頭に浮かんでいるのに、それを魅力的に他者に伝えるのが難しいと感じていました。特に申請書は書類審査で文字数も制限されているので、自分の熱い思いは使わりにくいです。その中で審査員の方に内容を伝え、魅力を伝えられたのは、PR設計のおかげだと思っています。

採択されるのは難しい補助金だったのですか?

そうですね。東日本大震災の被災地3県限定ですが、329件から40件が選ばれました。倍率は8倍です。

―素晴らしいですね。採択されて良かったですね!

ありがとうございます。

―PR設計を駆使され補助金を採択されてご自身の事業に変化はありますか?


補助金を頂けたことで、ビジネスがいっきに加速したのを感じています。やはり、何を始めるにしても金銭的な問題が出てきてしまうので。

チームができたことで、やれることが増えたのを感じています。一人でやることには限界があります。

これからは地域のママ、事業者をより巻き込んで福島県のPRを行えるようにがんばります!

―今後の目標は今、おっしゃったことですね。

はい。福島にはいいものがいっぱいあります。でも全国的な発信が弱いのが課題。私個人を福島で化粧品を作っている人としてPRするより、皆で福島自体をPRしたほうが、全国の方に福島を知ってもらうためには、より早いと思います。

だから「しゅふコミ」の力を最大限に活かすこと。ママたちがスキルを使って活躍できる世の中にしたいんです。そして今の子どもたちが大人になる頃にはそれが当たり前になっているようにしたいですね。

それと、子どもたちが大人になって東京に出た時に「福島、知ってるよ。楽しそうなところだよね」って言ってもらえるような福島にしたいです。

―横尾さんは、商工会議所のPR専門家としても活動し始め、選挙の特番にも子育て世代代表として出演されることになったそうです。ありがとうございました。