The post 大手外資系企業の広報歴20年以上。PR塾で基本を学び直し、会社を設立。PRの仕事を通じて、日本を明るく元気にしていきたい。井上敦子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>アメリカ留学後、帰国して大手外資系企業の広報で20年勤務。1,000社以上のメディア掲載を経験するも、学び直しのためにPR塾に入塾。副業やフリーランス経験がなかったものの、PR案件獲得の方法を実践したり、塾生仲間に感化され、2022年6月にPR会社を設立。現在はチーム化し、メディアPR以外にもデジタルコミュニケーションやデザイン制作、ライティング業務など幅広く支援されています。外資系企業の会社員としての立場から人生を見つめ直し、働き方を大きく変えた井上さん。PR塾に入ったきっかけや、起業するまでの経緯、今後の夢をお聞きしました。
PROFILE
iA PR コンサルティング株式会社 代表 PRコンサルタント
米国マサチューセッツ大学経営学部、経済学部卒業後、欧州高級消費財や米国ヘルスケア業界など大手外資系企業の広報に20年ほど従事。企業ブランディングやコーポレート、プロダクト広報とともにデジタルコミュニケーションを担当。PR塾での学びを経て、2022年の6月にPR会社「iA PR コンサルティング株式会社」を設立。ビジネスの発展に貢献するサービス提供を目指し、様々なPR関連業務を提供している。
iA PR コンサルティング株式会社HP:https://www.iaprconsulting.com/
X: https://twitter.com/inoueatsuko_pr
LinkedIn: https://www.linkedin.com/in/inoueatsuko/
Facebook: https://www.facebook.com/inoueatsuko.pr
-PRコンサルタントになる前は、何をされていましたか?
企業の広報担当として、20年以上勤務してきました。インテリアやヘルスケア業界など、外資系の会社、3社を経験しました。最初の職場では、会社の知名度向上や販促のバックアップになればと思い、広報部門を自分で立ち上げ、ひとり広報としても活動していました。
-就職する前は、アメリカに留学されていたそうですね。
高校卒業後、18歳の時に渡米し、アメリカのマサチューセッツ大学の経営学部と経済学部で学びました。その後、日本に戻って就職したのですが、はじめは日本の年功序列の文化に全く馴染めず戸惑いました。アメリカでは、意見を発言しない人=存在価値がない人という文化のなかで教育を受けたため、日本語でのコミュニケーションのバランス感覚に悩まされたこともありました。せっかく帰国したのにカルチャーショックになりましたが、今では留学していたと言うと驚かれるほど日本人らしくなりました。
仕事も自分で広報部門を立ち上げた頃から、楽しくなってきました。広報の仕事は一人ではできず、さまざまな部署の方に協力していただく必要があります。コミュニケーションを取って仕事を進めるうちに、とてもやりがいのある仕事だと感じ始めました。20代と30代は、仕事が生きがいでしたね。
しかし、父が亡くなったことをきっかけに、仕事一筋できたけれど、このままでいいのかな?と考えてしまいました。悩んだ結果、仕事を退職し、母と一緒に趣味や旅行をしたり、現在の主人と出会って結婚したり、プライベートが大きく変わりました。
その後、再就職し、アメリカの会社で広報の専門家やマネージャーとして働き、さらに仕事が生きがいになりました。そんななか最後の職場では、毎週夜10時から12時といった夜間にオンラインのミーティングがある会社で、生活リズムが崩れてしまいました。在宅勤務で仕事をしていたことも、一人で仕事をする環境も自分には合っていなかったようです。
当時、東京五輪スポンサー企業の広報が経験できるチャンスがあったのですが、中止になったり、色々重なって辛い時期が続きました。そんな時にPR塾に出会い、リカレントを通じて気分を一新したいと考え入塾する事を決めました。
-広報で20年の経験があるにもかかわらず、PR塾に入った理由は?
当時、リカレント教育が非常に流行り始めた時期でした。ずっと広報をやってきましたが、今まで体系的に学んだことがなく、全てOJTで学んだ自己流でした。スキルアップや、今までの広報の仕事を振り返る意味でも、基本から学びなおしたいと思い入塾しました。結果的に起業を志すこととなり、自分の人生の決断の中で1番大きな経験だったように感じます。
-PRのスクールが数ある中で、PR塾を選んだ決め手はあったのですか?
それまでも、SNSやウェブサイトなどに特化した講座は受講したことがありました。しかし、いずれも短期のものでした。今回は体系的に長い時間をかけて、じっくり学びたいと考えていました。
そんな時にPR塾のことを知り、基礎から時間をかけて学ぶことができるのは、いいきっかけになるんじゃないかと思いました。また、塾生の皆さんが卒業後に活躍されている姿を動画で見たり、代表の笹木郁乃さんのメッセージに感銘を受けて、一緒に学びたいと思ったのです。
-PR塾に入って、一番良かったことは何ですか?
自分や会社の魅力を言語化するPR設計を学べたことが一番よかったです。事業内容や商品・サービス内容を説明するプロセスをPR設計で言語化することで、業務の効率化につながりました。
また、私は外資系の会社で働いていたので、海外本社から届く戦略に沿ってPRするというのが大前提でした。しかし、日本の市場に対しては、日本向けに作らなければなりません。その際に、PR設計やフレームワークを活用することで効率化できたのもとても良かったです。また中小企業向けPRの感覚が理解できたことも大きな自信になりました。

-今はご自身でPR会社をされているのですね。
2022年の6月に独立、起業をしてPR会社を運営しています。まさか自分が起業をするとは思っていませんでした。PR塾の塾生が活躍していたり、独立されるのを見て感化され、私も独立を考えるようになりました。
学び直す中で、PRのさまざまな基本の業務を見つめ直すことができました。また、今まで営業の経験が全くなかったのですが、お仕事の契約を獲得する具体的なアプローチを教えてもらったことも自信につながりました。スキルを学び、まわりの環境に後押しされて、独立できたと思います。
-独立したものの、会社員の方が良かったと思った時期もあるそうですね。
私はフリーランスもせずに、突然会社を立ち上げたので、最初は非常に苦労しました。営業活動が苦手で自分1人では心細く、うまく会社が軌道に乗らずに不安も大きかったです。一番苦労していたときに、LITAの交流会で、郁乃さんに相談したんです。その時に、チームを作ってやっていく方法もあるとご指南いただきました。それからすぐにチーム体制を整えました。少数精鋭で15名ほどのメンバーですが、業界経験10年以上の方が中心のプロフェッショナルなチームをつくることが出来ました。
チーム化することで、メディア向けPR以外の案件もお受けできるようになりました。今ではPRコンサルティング以外にも、ブランディングからウェブサイト、デザイン制作や執筆、デジタル広告など幅広く対応しています。

-PR塾に興味のある方へメッセージをお願いします。
PR塾はPRだけを学ぶ場ではなく、起業塾のようだと感じています。私自身、リカレント教育として入塾したのですが、PRを仕事として独立することができました。塾生と共に学び、さまざまな交流があって、キャリアチェンジを決意する原動力を高めてもらえたと思います。人生の次のステージに進まれたい方にも、PR塾をご検討していただけたらいいんじゃないかなと考えています。
-今後の夢や目標はありますか?
「明るい未来を創造し日本を元気づけていく」ことを企業理念として活動しています。日本の経済は非常に厳しい状況が続いていますが、PRの仕事を通じて微力ながら日本経済を下支えするために尽力していくことを夢見ています。

-貴重なお話をありがとうございました。これからの活躍も楽しみにしています。
※2024年1月取材当時の情報です。

The post 大手外資系企業の広報歴20年以上。PR塾で基本を学び直し、会社を設立。PRの仕事を通じて、日本を明るく元気にしていきたい。井上敦子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post PRを整体院のカウンセリングに応用し、リピート率95%を達成。PRの手法を活かし、様々な業種のクライアントのサポートをチームでしていきたい。高橋麻菜美さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>ご主人の整体院のPRをしながら、PRプロデューサーとしても活躍されている高橋麻菜美さん。個人のお客様相手のビジネスも、広報の仕事も初めてでしたが、PR塾で学んで、1年弱でメディア掲載は10件を超えました。整体院では、カウンセリングにPR設計を取り入れて、お客様のなりたい未来を一緒に考えていると話されます。PR塾での学びをどのように仕事に生かしているか、また、今後の展望についてもお聞きしました。
PROFILE
REAM 代表 PRプロデューサー
家業の手伝いや様々な仕事をしながら、25歳で結婚。その後、家業の統合や出産などで忙しい日々を10年間過ごす。ご主人の整体院の開院を機に、認知拡大の手法を学ぶため、PR塾へ入塾。PR塾で学びながら、スタートアップ、中小企業のPRにも携わり、現在はPRプロデューサーとしても活動中。
Instagram :https://www.instagram.com/manami_takahashi.ream/
Facebook:https://www.facebook.com/oshima.manami
HP (UP door整体院): https://up-door.jp/
Instagram (UP door整体院): https://www.instagram.com/updoor.ryota_takahashi
-現在の活動を教えてください。
地元の愛知県豊田市で、夫の整体院のPR業をしながら、色々なクライアントのPRのお手伝いもしています。PR塾に入って1年弱で、今月で卒業ですが、メディア掲載は10件になりました。家業とPR業務、バランスを取りながら取り組んでいます。
-PRプロデューサーになる前は、何をされていましたか?
家業の事務全般を手伝っていました。25歳で結婚したのですが、その翌月に父が他界。兄が継ぎ、会社を統合したのですが、父が長年経営していた会社だったので、安定するまでに時間と労力がかかりました。その間、足りないところに私がサポートに入るかたちで、家業を支えていました。
また、Jリーガーだった夫が、引退後に柔道整復師免許を取得するため、夜間の専門学校に通ったり、結婚の翌年に出産したこともあり、家業の手伝いと育児と家事と、こなすだけで精一杯という日々が10年ぐらい続きました。
-PR塾を知ったきっかけは?
夫の整体院の開院に伴い、集客や認知度アップについて悩んでいました。個人のお客様相手のビジネスをしたことがなかったので、最初はマーケティングの本を読んで、独学でしていました。しかし、自分ごとに落とし込めなくて、今思えば、小手先の技術でやっていたように思います。
主人の学問や経験をより深く広く多くの方に知ってもらいたい、それにはどうしたらいいかと思っていたところ、PR塾のことをInstagramで知り、これだ!と思いました。SNSでのPR手法も学べることを知り、トータルで実践的に学べるのがいいと思い入塾しました。
最初は「プレスリリースって何?広報って何をするの?」と、何も知らないところからのスタートでした。わからないことは仲間にどんどん質問して教えてもらっていました。当時は、行動あるのみ、続けることが大事と思ってPR塾の講義に参加。講師や仲間、同期に聞ける場があるのもよかったです。
また、PR塾には同業種の方ばかりでなく、色々なお仕事をされてる方がいらっしゃるので、様々な視点で話を聞けるのが、私の中ですごく大きかったです。視野が広がりました。
-入塾してどうでしたか?
講座はアーカイブもあるのですが、なるべくリアルタイムで受講するようにしました。忙しいときは、せめて耳だけでもと思い、家事をしながら講座を聞いていました。他の人への講師の方のフィードバックは、私も勉強になりますし、リアルタイムでの受講は温度感が伝わってきました。
他の受講生の実績報告がすごくて、怯んでしまった時期もあります。でも、講師の方も、受講生も熱量が高くて、すごく刺激になっていました。ロールモデルの方が多くいらっしゃるので、私もあの方のようになりたい、頑張ろうと思えました。
だんだん講座を受ける中で、できるかもしれない、そういうことだったのね、と自分の中で落とし込みができるようになってきて、そうすると自信が出てきて、だんだん面白くなってきました。
-PR塾で学んで一番良かったことは何ですか?
メディアアプローチ編は、 本当に練習になりました。メディアに電話した方がよいと言われても、最初はどうすればよいのか分かりませんでしたし、すごく緊張しました。PR塾ではロールプレイング形式で一緒に練習ができるのがよかったです。今では抵抗感なく、電話をかけることができるようになりました。
-PRするにあたり、整体院の強みから見直したそうですね。
夫のJリーガーの経験や、柔道整復師の資格もあるため、強みはあると思っていました。しかし、いざ整体院のPRをするとなるとお客様にどう思われたいか、どのようなことを提供したいのか、明確に言えないことに気が付きました。
考えた結果、お客様自身の体を最大限に生かした体作りができることが強みだと思いました。経験を活かしてトレーニング方法も含めた体作りをお伝えしていこうと、スポーツが好きな方や、スポーツをしている子ども向けの整体、忙しいママ向けのコースを作りました。
入塾して2か月目に、初めてプレスリリースを書きました。整体院のプレスリリースを書いたのですが、実は何を書けばよいか分からなかったんです。そこで、どんなお客様に、どう思われたいかを逆説的に考えて、イベントをつくり、プレスリリースを書きました。
情報をたくさん詰め込みたくなるけど、本当に伝えたいところにフォーカスを当てることをPR塾で学べました。

-整体院でもPRの手法を使っているのですね。
整体院では、PR設計の手法をカウンセリングに取り入れています。お客様自身がどうなりたいかをしっかり聞いて、私たちが最大限にできることを提案しています。その後の生活が充実し、ご自身の目標に向かっていけるように、体作りの提案をしています。開院から1年ですが、今ではリピート率95%になりました。
-ご主人の整体院以外でもPRプロデューサーとして活動されているのですか?
最初は、PRプロデューサーとして仕事をしていくとは想像もしていませんでした。PR設計を添削していただいた講師の方に「絞る勝ち方」を教わったのがターニングポイントです。色々な良さを幅広く伝えることは安心なのですが、誰にも刺さりません。「絞る勝ち方」は、皆さんの業種にも生かせると思いました。
この1年で、整体院プラス3社のPRに携わらせていただいています。企画から考えて、プレスリリースを書いて、メディアへのアプローチまで、トータルでサポートしています。お伝えしたいことと、メディアの方の興味があることが合致したときがたまらなく楽しいです。
集客は目に見える実績なので、すごく面白いです。よいものをより多くの方にお伝えしたい、推し活ですね。


-今後の夢や目標はありますか?
チーム化をして、もっと色々な業種の、お客様のサポートをしたいと思っています。PR塾で学んだことを一層生かしていきたいです。今までの仕事もやりがいがなかったわけではないのですが、先が見えない部分がありました。しかし今は、クライアントさんと一緒に、こういうイベントをやりましょう、企画しましょうと、目標を持って取り組まれている方々と二人三脚で仕事をして、一緒に喜べることが本当に楽しく思います。

―貴重なお話をありがとうございました。これからの活躍も楽しみにしています。
※2024年1月取材当時の情報です。

The post PRを整体院のカウンセリングに応用し、リピート率95%を達成。PRの手法を活かし、様々な業種のクライアントのサポートをチームでしていきたい。高橋麻菜美さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post 自社オリジナルの鳥獣被害対策品がメディア掲載の連鎖。全国の自治体や鳥獣被害に悩む施設などから問い合わせ殺到の人気商品に-敦賀 智行(つるが ともゆき)さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>■Profile
Office try 代表
日本大学理工学部工業化学科卒業、建築関連資材メーカーの営業部に15年間勤務する。その後、視野を広めたいと思い様々なお客様と関われるリゾートホテル会員権販売企業と業務契約を行う。約15年間で政界、芸能界、経営者など200名様以上を担当する。
経営の変化から業務契約を解消することとなり、2019年より縁あって自然な素材に拘った鳥獣被害対策品を開発・販売しています。
-入塾前に持っていたPR塾のイメージを教えてください。
商品をPRする方法というのを正直全く知らず、ただテレビのニュースで何か商品が取り上げられているのを観て、自然に紹介されていていいな…と思っていました。
でも、その方法を学ぶ場所があるとは思っていなかったので、初めてPR塾を知った時は「びっくりした」というのが第一印象です。
-ありがとうございます。そのPR 塾に入塾を決めた理由を教えていただけますか。
ちょうど事業立ち上げの一番苦しい時期だったのですが。今まで経験してきたような方法で“営業”をしても、足元を見られて価格交渉されるなど「労多くして益なし」のようなところがあったんです。
でも、PR塾で教えている方法は「これまで自分がやってきたこととは違う」と感じたので、迷いはしましたが、思い切って入塾しました。
-PRの可能性を信じたと言うことですか?
それに尽きますね。どうなるか分からないと思いましたが、郁ちゃん(代表の笹木郁乃)の実績など拝見する中で、根拠はないけれど、ここならいけるんじゃないかなって勝手に信じていました。
-PR塾に入って結果が出たきっかけを教えてください。
最初は身近なところからと、地元(千葉)のケーブルテレビさんにアプローチをかけました。自分もそこのユーザーだし、なんとかなるだろうってところからスタートしたんですが。プレスリリースを作って、徐々にアプローチを進めていたら、いつの間にかご紹介ご紹介で取材が入ってきたという感じなんですが、きっかけは塾生と話をしたことでした。
コロナで講義はずっとリモートでしたが、塾生の方が都内でランチ会を企画してくださったので、そこで初めて他の塾生の方とリアルで話す機会がありました。話をしていたら「獣害だったらこの新聞社がいいんじゃない」とか「ここはyahoo!ニュースさんに転載されるよ」などの情報をいただいて。本当にそれが取材の連鎖のスタートだったので、今でも皆さんには感謝しています。

-受講生同士の横のつながりを通して取材獲得が続いていたということですね。
はい、本当に受講生同士のつながりがなかったら、どうしていいか分からなかったと思います。情報交換のためにと思い切って都内へ出向いて、たまたまそういう話になって、人のご縁をいただいて、それが今に至るというところです。
早い段階で取材してくださっていた千葉日報の記者さんが、毎日新聞社に転職され、先輩記者さんに弊社を推薦して頂いて毎日新聞の千葉版に掲載されたこともありました。警視庁捜査一課を担当されていた凄腕記者さんで、掲載後の反応が凄かったです。毎日新聞からYahoo!ニュースへの転載もありました。
その後、全国農業新聞社さんより取材依頼を頂き、その流れで米どころ南魚沼市、大谷翔平選手の出身地である奥州市、南会津市、鴨川市などさまざまな自治体から相談と言う形で問い合わせをいただいたり、発注に繋がっています。
地元のケーブルテレビ、新聞から始まって、全国紙、全国放送のテレビ局と、毎月取材が入っていました。
-全国農業新聞への掲載後、お客様からのお問い合わせが多数あったとうかがいましたが、実際に何件くらいのお問い合わせがあったのですか?
全国から100件を超えるご注文やお問い合わせがありました。オーダーというよりも「困っているので何とかしたい」という半ばご相談という形でのご連絡が非常に多かったですが、そこから「やってみたらお困りが解決した」ということで、現在リピートにつながっているという状況ですね。
-売り上げにつながっているのですね。続いてPR塾の「良かったところ」をお聞きしたいのですが、先ほどおっしゃっていた塾生同士の関わりですか?
そうですね。人とのご縁は広がっていますね。アウトプット練習会などで塾生同士が話をする機会もありますし、メディア交流会をきっかけにメディアの方とつながって取材していただいたことも2回くらいありますし。また、ゲストでいらしたメディアの方に「社会性」の部分を教えていただいたり、取材につながるヒントもいただいたりして、その方向でメディアアプローチを進めたら、取材につながったこともあります。
また、PR塾の仕組み自体も良かったです。本講義があり、アウトプット練習会があり、メディア交流会があり、動画でひとりでも学べるしという、かゆいところに手が届くような仕組みだなと実感しています。
-講義や練習会での第三者からのフィードバックは役に立ちましたか?
それが一番大きいですよね。一般的には他者に意見を求めても「いいんじゃないですか?」って当たり障りのない内容で終わることも多いですが、PR塾の場合は「それじゃ分からないですよね」っていうぶっちゃけの意見から始まって、でもそれで切り捨てる訳じゃなく、「じゃあどうしたらいいんだろう?」というところまで一緒に考えていただくこともあり、
客観的な意見って大事だなと感じました。
-PRの魅力を教えてください。
PRって自分たちの取り組みを第三者的に分析して、それを今の社会情勢と合わせた中で「何ができるか」を伝えることなんですよね。僕の場合はイノシシやシカの害獣対策になりますが、そのやり方に関して「こだわり」がないとPR設計もできないので、他とは違う「こだわり」はなんだろう、というところに行き着きます。自身のビジネスの軸を確認するためにも、PRはなくてはならないものだと思いますね。

-行政の方からのお問い合わせも増えたんですよね。
はい。でも行政の場合は予算の事情もあって、すぐに注文には繋がりづらいんですよね。
愛知県の自治体の方から「イノシシが住宅地の公園に出没していて、毎日のように近所の方からも通報が相次いで非常に悩ましい」というご連絡をいただいたのですが、すでに予算は尽きてしまっている時期で。でも切実なご相談だったので、これは何とかしたいなと思って、千葉から愛知は遠いですが、無償で現地を訪れて、材料費もこちら持ちで弊社製品を設置しました。すると、翌日からイノシシは来なくなって通報も当然なくなり、「非常に助かりました」と大歓迎していただきました。
ちょうどメディア交流会の時に、愛知県の記者さんがいらしたので、この件を話してプレスリリースを送ったら取材につながり、「こういう方法もあるんだね」とまた同じように悩んでいる自治体さんから連絡をいただいて、皆さんがハッピーな状況になっています。
正直、手弁当で行くのは非常に勇気がいることでしたが、何とかしたいということはもちろんですが、郁ちゃんが、広報時代のエピソードとして商品提供をされていたことなどを話していたことを思い出して、自分も動いてみたというところです。
メディアを通じてどんどん広がっていった結果、大げさかもしれないけれど「人の命まで守る」ところまで行ったのかなと思います。イノシシと遭遇してケガをしたというニュースもありますし、社会的課題を解決する役に立てれば良いと思えるようになりました。
なので、これまでは素材の特徴としてベールに包んでいた部分も公表して、他の商品と何が違うのかというのを伝えています。同業他社へのヒントになってしまうかもしれませんが、それよりも今は「社会を良くしよう」というステージでやっています。
-社会全体まで目を向けるようになったきっかけは?
やはり、PR設計を勉強しなければ、このスタンスには全く立ててないですし、今の形はないと思いますね。もしかしたらもう、諦めてやめていたかもしれないです。いくら良い商材でも、それが受け入れられなければ経営は成り立ちませんので。
-どのような方にPR塾を勧めたいですか?
事業で悩んでいる方、認知拡大のためにどうすればいいんだろうと思っている方はたくさんいらっしゃると思います。世間ではまだまだPRは知られていない部分が多いので、逆に人がやっていないことは非常にチャンスなわけです。
一歩踏み出されることで、同業他社より抜きん出ることができますし、一度前に出ればアドバンテージになり、社会的貢献度も高くなると思います。
「どんな人にも可能性はある」っていうのは自分が実感したので、特に「想いがある人」にはおすすめしたいですね。
-貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。敦賀さんの商品が必要な方に届き、全国の鳥獣被害が解決する日を楽しみにしております。
※2023年6月26日取材当時の情報です。

The post 自社オリジナルの鳥獣被害対策品がメディア掲載の連鎖。全国の自治体や鳥獣被害に悩む施設などから問い合わせ殺到の人気商品に-敦賀 智行(つるが ともゆき)さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post BSテレ東、日テレnews zero、NHKクローズアップ現代、シャンパンタワーの勢いが止まらない!取材依頼を「確定」させたのは、社内の取材協力体制にあった-ITベンチャー広報部 オガワ リエさん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>■PROFILE
ITベンチャーの子会社にてキャラクタービジネスの宣伝や広報を担当。
大学では観光領域のマーケティングを専門に学ぶ。 エンタメの力で観光業に影響を与えられる仕事がしたいとゲームアプリやキャラクターコンテンツ制作も手がけるITベンチャーに就職。 ゲームプランナー、コンテンツプロデューサー、ライセンス、アニメ制作のアシスタントプロデューサー、広報、アライアンスなど多方面に従事。
Facebook:https://www.facebook.com/rie.ogawa
‐PR塾に入るまでに経験して来られた仕事について教えてください。
名前は出せないんですが、皆さんもよく知っているITのベンチャー企業に新卒で入社し、そこからずっとゲーム業界にいます。ゲームのプランナー・コンテンツプロデューサーを経て、もともと希望だったプロモーションの部署に移って宣伝領域から広報やライセンスビジネスなどに携わり、今はグループ企業複数社の広報に携わっています。
‐もともとゲームが好きだったのですか?
全くそうではなくて。ゲームもアニメも漫画も入社するまではほとんど触れたことのない世界だったんです。就職活動をしていくつか内定を頂いた中で、「何か面白いことやりたい!」っていう気持ちがあって、ITベンチャーだったことや、グループ会社では色んな事業を展開していたので今の会社に決めました。
入社当時は、先輩たちの会話に出てくるゲームのキャラクターの名前が全然わからなくて大変だったんですが、それが今は好きなゲームやアニメのキャラクター、いわゆる「推し」ができて、楽しくなって人生が180度変わりました。
‐なぜPR塾に入られたのですか?
以前、社内の広報チームにいたのが2015年頃で、そこから一旦別のセクションで働き、2019年から再び広報を担当することになったのですが、メディア側もコンテンツ側もその当時と状況が大きく変わっていくのを感じていました。ゲーム業界のメディアさんとのお付き合いはこれまで継続的にあったのですが、これまで通りのアプローチではなかなか掲載が難しい面も出てきて、今までのやり方を変えていかないといけないと漠然と感じていました。一方で、会社の福利厚生制度「推しメン休暇」にメディアの方が興味を持ってくれていることがわかり、切り口を変えればまだやれることがあるんじゃないかとも思っていましたが、社内で学んだ独自のPR手法にも限界を感じ、どこへどうアプローチしていけば良いのか悩んでいました。
実はPR塾の講師をされている三木佳世子さんは高校の部活動の先輩なんです!佳世さんがSNSでPR塾について発信されているのを見て、何か良さそうと思うようになり、変動の激しいゲーム業界でも通用する力をつけたくて、自分に自己投資して一度挑戦してみようかと思ったからです。
‐入塾の決め手は何でしたか?
やっぱり、高校の先輩でもある佳世さんがいたから、というのが大きかったです。佳世さんは元NHKディレクターでメディア出身者でしたし、ほかの講師の方もメディア経験者の方がたくさんいて、信頼感があったのが決め手になりました。
‐ITベンチャーでの仕事とPR塾の学びをどのように両立されていかれたのですか?
本講義などは日中、仕事をしているので一度もリアルでの参加はできていませんが、入塾前の個別面談で今やっている仕事について話してカウンセリングしてもらった際に、「足りないところを動画で補う形で見て、実践に活かすと良さそう」とアドバイスをもらって、隙間の時間で動画を見ては、社内の業務に活かしてPDCAを回していきました。
‐PR塾に入ってどんな成果が得られましたか?
ゲーム業界の専門メディア以外、一般メディアでの掲載を多数獲得できたことです。NHK「クローズアップ現代」や日本テレビ「news zero」など全国メディアのTV取材は、ぎりぎりまで対応が大変でしたが、PR塾に入る前から、自社の「推しメン休暇制度」は1つのネタとしてメディアの方はきっと関心があると思っていたので、ようやくメディアに取り上げてもらうことができました。
‐成果を出すためにどんな工夫をしましたか?
去年の10月末に、一つのWEBメディアに掲載されたことがきっかけで、それを見た別のメディアの方から連絡が来て…という流れで、自然とシャンパンタワーが起こっていった感じでした。じつはこの福利厚生制度は6年ほど前にスタートしているので、決して新しい取り組みではないんです。なので各メディアからの取材を確定させるために、最新の状況はこうですよ、という数字や写真、社員のインタビューなど、提供できる素材の新鮮さで勝負することで、取材を問合せから「確定」へとつなげていきました。
また、PR塾で学ぶ中で、取材獲得のためには、情報提供だけじゃなく、実際のリアルな現場の様子を見せられるか、人を出せるかという点も重要だとわかったので、取材が入ったときに協力してくれる人を社内で増やすことを頑張りました。本来は、キャラクターコンテンツを作っている会社なので、仮想の世界を楽しんでいただくために、世界観をとても重視しているので、製作している社員の顔は極力出さない方がいいと考えています。ただ、社内の福利厚生制度を知ってもらう、という切り口なのに、制度を利用しているリアルな姿が伝えられないと、取材になりません。だからこそ、社内で取材協力が得られるように日頃からコミュニケーションを大切にしたり、社員のパーソナルを理解した上で、声掛けをしていました。
慣れない取材に必要以上に身構えたり、負担に感じないで済むように、取材時のよくあるQ&Aを作成し、メディアの方が描いている取り上げられ方のイメージを予め共有しています。対外的にというより、社内で「メディア視点」を丁寧に伝えてくことや、自然と感じて言うことを話せるようにフォローしているイメージです。
‐全国メディアの取材後、どんな反響がありましたか?
TV取材の放送告知を会社のアカウントで発信すると、コンテンツのファンの方たちがその投稿を拡散してくれたりして、ポジティブに受けとっていただいているのを見ると、会社のブランディングにもつながっていると感じています。
ゲーム業界に特化した専門メディアから、そうではない一般メディアにアプローチの軸を移したのは、売り上げを伸ばしたいというより、もっと長期的な視野で、今後、人材採用の面で、こういう会社で働きたいと思ってもらう材料として、会社の特色が伝わっていけばいいなという個人的な思いがあったので、良かったです。
‐PR塾の何が一番良かったですか?
一番最初に学ぶ「PR設計」がすごく良かったです。ゲーム業界内でお付き合いしているメディアには特にPR設計を元にして情報をお伝えしなくてもゲーム関連の新しいリリースならぱっと理解してくれて、掲載してもらう機会を得られていましたが、今後「推しメン休暇」のような、ゲームコンテンツに直接関係のない取り組みを、会社の事業にどうつなげていくかを考えたとき、PR設計の考え方がすごく必要なんだなと感じました。PR設計の本講義動画が一番良かったですね!
‐入塾してから一番の変化は何ですか?
プレスリリースを作成するときの考え方が変わったことです。「これを社会性とどう繋げたら記事になるだろうか」と考えるようになりました。どうしても、「今日から●●キャンペーンやってます!」というお知らせものが多くなりがちで、それはお客様にとってはプラスになる情報ですが、メディアの方にとっては、たくさんあるゲーム業界のお知らせの一つになって埋もれてしまいますよね。なので、より取り上げてもらう確率をあげるには、そこを世の中の流れと組み合わせて伝えることが必要だと改めて感じました。「社会との接点を見つける」という、これまでやってこなかったことをやるようになったのが一番の変化です。
今までアプローチしていたのはゲーム関連メディアだったので、それ以外のメディアに向けた広報活動について力不足な面がありました。私もコンテンツ制作に携わっていた時期があり、開発チームが多くの方に届けてきたコンテンツをもっと他のメディアにも広く違う形で届けていきたい、という思いがどこかにあったんだと、改めて感じます。
‐これから叶えていきたい夢は何ですか?
自社コンテンツのPR活動はこれからも続けていきたいです。ゲームのコンテンツを支えているメンバーの頑張りも見ているので、それを一般メディアを通して、一人でも多くの方へゲーム業界内で今起きていることを知ってもらえるよう、成果につなげていきたいです。それから、この経験をもとに自社のサービス以外にも幅広くPRのお手伝いができる機会も作っていきたいです。
‐最後に、PR塾への入塾を検討している方にメッセージをお願いします!
PR塾は、同じ目線で学ぶ仲間に出会うことができる場だと思います。同じ悩みを持ってる方同士の交流会に参加して、話す場が持てるようになったのも、PR塾に入ったからこそ得られた環境で、すごく良かったです。
足りないところだけを動画で見ることもできるし、わからないことはいつでもチャットで気軽に聞くこともできて、自分のペースに合わせてカスタマイズして学んでいけるカリキュラムが特徴です。メディアの方からの生の声を聞ける機会もあります。あとは自分以外にもPRを実践している仲間の経過もわかるので、本を読むよりずっとリアルで勉強になることが多くあると思いますよ!
‐ありがとうございました!PR塾で学んだことで社内に新しい風を入れていきたいと話すオガワさん、これからのご活躍も楽しみにしております!
※2023年3月27日取材当時の情報です。

The post BSテレ東、日テレnews zero、NHKクローズアップ現代、シャンパンタワーの勢いが止まらない!取材依頼を「確定」させたのは、社内の取材協力体制にあった-ITベンチャー広報部 オガワ リエさん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post 夫婦で運営する造佛所がコロナ禍で存続の危機。一念発起してPRを学び、反響につながるメディア掲載多数獲得。寺院のPR代行も事業の軸に-吉田沙織さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>Profile
よしだ造佛所 運営。
大阪大学卒業後、看護師、作家秘書を経て仏像製作「よしだ造佛所」の女将7年目。仏師の作業補助のほか、企画・運営、カスタマーサポートを担当している。コロナ禍で事業が停滞したときに、PRの必要性を痛感しPR塾の門を叩く。
主な依頼元である神社仏閣でもPRが求められていると知り、PR事業を開始。社会と寺社仏閣のよりよい関係に寄与するため、女将兼PRプロデューサーとして奔走中。一児の母。
instagram:https://www.instagram.com/zoubutsu.shikoku/
twitter:https://twitter.com/Chibimame55
-これまでのご経歴を教えていただけますか?
大学卒業後、はじめは内科病棟の看護師として勤務していました。患者さんの死に立ちあうことも少なくないハードな現場を経験し、みなさんに「生きていてよかった」と思っていただけるにはどうしたらいいだろうと、生死にまつわる体験記など読みあさっていました。
その頃、ある作家さんの死生観に関わるエッセー本を読んで感銘を受け「感動しました」とメールを送ったら、ご本人と会うことができました。その方は普段海外にいらっしゃるのですが、「東京のオフィスを手伝ってもらえませんか」と思いがけず声をかけられ、ちょうど自分も看護師としてのキャリアに悩んでいる時期だったので、退職して作家さんの秘書になりました。

-看護師から作家秘書とは、意外で驚きました!
そうですよね(笑)。そこから都内で10年ほど、秘書として文献手配や編集作業、出版社や書店とのやりとり、家族を含めた身の回りのことなど、本当に色々な経験をさせていただきました。とてもやりがいはありましたが、ボスは海外各地を忙しく飛び回っていたので、24時間365日の電話対応など、看護師時代以上の激務に体を壊してしまい退職しました。
数カ月休養したあと、都内のクリニックで会員制検診サービスの医療コンシェルジュとして採用され、医療相談や医療機関受診のサポートをしていました。利用される方は地位がある方も多く、看護師と秘書両方の経験を活かせる仕事でとても楽しく働いていました。
その頃、趣味の弓道を通じて仏師の夫と出会い結婚。出産のため産休を取り、育休明けには復帰するつもりでいたのですが、子どもの体調や夫の独立などの条件が重なり、そのまま退職しました。
現在はふるさとの高知県に移住し、“造佛所の女将”として子育てをしながら夫の作業補助をしつつ、書類作成や経理などのデスクワークと、時々エッセイの寄稿などもしています。
-またもや意外な転身ですが、“造佛所の女将”がなぜPRに関心を持たれたのでしょうか?
結婚当初、古仏修理の現場で彫刻を担当していた夫は東京で独立したところでした。ありがたいことに、個展が成功して百貨店から展示の話が来たり、銀座のギャラリーからご相談をいただいたりと、順調に仕事を進めていました。その後、大きな仏像の修理依頼をいただいていて、東京から私のふるさとでもある高知県に移住しました。
移住したばかりのころは、なかなか地域になじめず苦労もしましたが、少しずつ受け入れられ、仏像の修理プロジェクトが地元メディアに取り上げられるなど少しずつ知名度も上がり、修理のご依頼やご相談も多くいただくようになった矢先、主な依頼元である寺院がコロナ禍の影響を受けはじめました。
どんどん仕事が流れたり保留になったりして「このままではやっていけない」と追い詰められ、とにかく何かアクションをしなければという気持ちでした。
事業も心配でしたが、「造仏の技術や精神性も途絶えてしまうのではないか」「地方にある古い仏像が失われてしまうのではないか」という危機感も強かったですね。
必要としている人に良い形で知ってもらいたい、そしてそこから関係を深めていきたい、でもどうすれば良いのだろう?
具体的な行動に結び付かず悩んでいた時に、Facebookの広告でPR塾を知りました。無料動画を拝見して、“広告”と“PR”の違いを知り、まだあまり実績もない自分たちに、まさに今必要なことはPRだ! と思ったんです。
ただ、独立後ずっと自転車操業で金銭的に余裕がなかったので、受講は無理だと諦めていたのですが、無料相談会で「モニターで稼ぎながら学ぶ人もいますよ」と聞いて、ちょうどPRがはまりそうな知人に打診。入塾前にモニターを2件獲得できたので、なんとか去年の11月に無事入塾することができました。

-実際に入塾されてみて、どんな印象でしたか?
すごく熱いというか、活発な場所だなと思いました。講師陣も不安の芽を先回りして摘んでくださるので「ここまでやってくれるの
」と、想像以上の面倒見の良さに驚きました。
本講義が始まる前に動画で学んですでに満足してしまって、ホームページなど、動画で学んだ内容をもとにどんどん直し始めていました。でも実際に本講義が始まってブレイクアウトルームでほかの受講生とワークをシェアしたり、Slackで添削を受けたりすると、自分とは全く違う視点からの指摘を受けるんですよね。
何か分からないことがあっても、Slackで検索したらその答えがあるし、受講生の方々も実践して結果を出されているし、ここは本物だと思いました。
入塾前は、講義をうけて実習するだけのイメージでしたが、講義を受けながら実際に動いてみることが大事なんだと気づきました。ホームページにストーリーを載せただけでも、Facebookのお友達がシェアしてくれたり、お寺さんからメッセージをいただいたり、これまでとは違う反応や反響がすぐに出始めました。
-すぐに実践されているのが素晴らしいですね。入塾からおよそ半年ですが、多くの成果を出されていますよね。
PR塾で学び始めてから、本当にさまざまな変化がありました。メディアアプローチの成果としては、修理している仏像の安置先である寺院様のPR代行として、入塾後初めて出したプレスリリースで6社の取材を獲得。Yahoo!ニュースにも転載されました。それだけでなく、まだプレスリリースは出していないのですが、次の企画にも既に何社か取材に来てくれることになっています。

-すでに次の取材も決まっているとはすごいですね。どのようなプレスリリースだったのですか?
「仏師が限界集落の寺院で仏像科学調査の報告会をする」という内容でした。日本最先端の科学調査の結果という事と、限界集落の活性化支援につながる取り組みというところで興味を持っていただけたのかなと思います。
地域の方や檀家さまにとっても、いつも見ていた仏像の新しい事実が分かることで、地域への帰属意識を高め、自分の菩提寺に誇りを持てるようになると思うんですよね。「守りつないできたものに価値がある」ということが生きがいにもなるのではないかと。これは看護師時代の「生きていてよかった」と思って旅立ってほしいという私の思いともつながりました。仏像の科学調査ってお寺ではあまり好まれないこともあるので、理解してくださった寺院様にも心から感謝しています。寺院様の日頃の地道な活動あってのことですが、メディア掲載がきっかけで参詣者や檀家希望者が増えたという影響もあったようです。
以前、見様見真似でプレスリリースを書き、取材獲得を獲得したことがありましたが、問い合わせや取材の連鎖を起こすことはできなかったので、とても手応えがありました。また放送・掲載後2カ月たってもまだ反響があって、メディア×SNSのインパクトの大きさだけでなく、その持続性も感じています。
-お客さまに喜んでいただけたのですね。ご自身の造佛所についてはPRで変化はありましたか?
はい、これまでほとんど口コミでご依頼いただいていたのが、入塾2カ月後、製作依頼や作品購入のお問い合わせが5倍に増えました。PR設計をホームページやSNSに反映したあとの急な変化だったので、ここに頼んでも大丈夫と思っていただけたのかな?と推測しています。
以前は仏像の「製作」と「修理」を併記していたのですが「製作工房です」と言い切るようにしたところ、これまでご依頼が圧倒的に多かった修理のご依頼だけでなく、製作依頼も半数以上になりました。個人のお客様からの製作依頼も増えましたし、職人として腕を奮いたい分野でお客様とマッチングできてきたのかもしれません。
またPR設計の過程で、お客様の声をお聞きしたことで新しいサービスのアイディアをいただきました。たとえば仏像を製作・修理させていただいた寺院様へ、お納めして終わりではなくアフターサービスでフォローするとか、SNS発信など広報のお手伝いをするとか、お声を形にすることで、工房経営により強くコミットできた実感もあります。
-PR塾での学びを最大限に生かしていらっしゃいますね。
おかげさまで、知人や友人から、テレビ見たよ!とか新聞見たよ!と声をかけてもらって、私たちがどんな仕事をしているのかを知っていただくきっかけにもなりました。
応援してくださる人も増えて、中にはお寺さんで密かに営業してくださる方もいらっしゃいました。
夫は独立、移住という変化の中で孤独と戦ってきたと思うのですが、そのような反応が届くようになって「応援されている感じがする」と初めて言っていました。実際は、ずっと多くの方に応援していただいてきて今があるのですが、やっと実感できたのかもしれません。これも私にとってはとても嬉しい出来事でした。
とにかくPR設計に力をいれたので、それが自分の中に根付いていて。実は仕事以外にもPRの影響がでているんです。幼稚園のPTA活動のPR設計をして、次年度の保護者さん向けに「PTA説明会」を開いたら、PTAのポジティブな面が伝わったのか、いつもは難航する役員決めが全て立候補でスムーズに決まりました。
また、家庭内でも「これを買いたい」というものがある時に「USPは?」とか「Aの人がBになる変化は?」とか、PR設計して遊んでいます(笑)。
-完全にご自身のものにされていますね。それだけの成果を出すために、どんな工夫をされましたか?
メディア交流会やアウトプット練習会になかなか参加できずとても歯がゆい思いをしていますが、本講義だけはリアルタイム参加すると決めています。
また家事をしている時や、往復1時間かかる子どもの幼稚園の送迎など、運転中は常に動画の音声を聞いています。先輩方の体験談なども参考にして、動画を再生しない日はないようにしているんです。
-毎日の動画でのインプットで、吉田さんにPR塾メソッドがしみ込んだのですね。これからの夢や目標はありますか?
「神社仏閣と社会との良い関係作りに貢献する」を理念に、事業所として仏像製作・修理の専門性を高めつつ、PRプロデューサーとして存続の危機にある伝統文化の保護と継承、日本に住む人の精神的な安定などに寄与できればと考えています。
存続が難しくなる寺院も増えている時代ですが、一方で、災害があった時などの社会的な役割も見直されています。真摯な活動をされている寺院や神社がこれまでも伝えてきた「よりよく生きるための知恵」のようなものを、現代の方に合う形で発信していくサポートをしていきたいです。
また、世界に誇れる木彫文化財を、次世代へ継承したり、認知を高めたりする懸け橋にもなりたいですね。伝統の良さを残しつつ、今の人たちに受け入れられるような切り口を考えられたらと思っています。
今は夫婦だけで運営していますが、志を同じくする仲間を増やして新たな挑戦をしていきたいです。
-最後に、入塾を迷っている方にひとことメッセージをお願いします。
迷っていた数ヶ月前の自分にも言いたいですが「大丈夫、迷っているなら飛び込んで!」。こぼれ落ちないセーフティーネットも万全です!一緒にがんばりましょう!
-お寺や神社の役割を次世代に伝えるためのPR、期待しております。貴重なお話を聴かせていただき、ありがとうございました。
※2023年3月24日取材当時の情報です。

The post 夫婦で運営する造佛所がコロナ禍で存続の危機。一念発起してPRを学び、反響につながるメディア掲載多数獲得。寺院のPR代行も事業の軸に-吉田沙織さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post 塾での学び×自身の経験で無名なルーマニアワインの試飲会を企画。メディアの注目を集め有名雑誌に掲載-奥野美代子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>Profile
クリニック・中小企業の魅力発信ブランディングコーチ。株式会社アイリスプランナー 代表取締役。
【マーケティングの力で夢を叶える】がモットー。あなたの魅力を理想のお客様に正しく発信し、ぜひと選ばれるブランディングをコーチングで実現。
デンマークの音響ブランド27年の「価値を伝えるマーケティング」の経験と中小企業診断士として250社以上の経営指導をもとに経営者の戦略コーチングと若手スタッフの育成を同時達成する独自の「魅力発信ブランディング」メソッドで自立するチーム育成を行う。
Facebook:https://www.facebook.com/okuno.miyoko
Instagram:https://www.instagram.com/okuno_irispl/
-奥野さんはこれまでどんなお仕事をされてきたのですか?
デンマークの音響ブランド『Bang & Olufsen』(バング&オルフセン)の日本支社設立時から、27年間マーケティングマネージャーを務めていました。ブランディングおよびリテールマーケティング全般の責任者として、メディアPR/カスタマーリレーション、店舗開発、店舗スタッフの育成まで幅広い業務に関わっていました。
3万人の熱いファン顧客を獲得してブランド確立には貢献できたと思いますし、2000年以降は、マーケティング予算の3倍のパブリシティ獲得を目的に、広告換算で年間7000万円前後のPR実績を上げたのですが、リーマンショックの影響で2009年に退職。その後、中小企業診断士の資格を取得して、経営コンサルタントを始めました。
-華やかな外資系企業のマーケティング担当から中小企業診断士に転身とは意外な気がしますが…。
当時55歳だったので、転職は難しいかなと思いました。また、PRやマーケティングの仕事はすごく好きなのですが、ブランドの名刺がなかったら、何の役にも立たないと思ったこともあり、自分自身がもっと世の中の役に立てることをしたかったんです。
中小企業診断士なら、ブランドマーケティングとか、カスタマーリレーションシップとか、自分がやってきたマーケティングの経験が生かせると思いました。また集客や認知拡大にはやはりPRが役に立つと思いましたが、私がやっていた外資系ブランドのやり方は人もお金もない小規模事業者には難しいと思い、もっと最近の現実に合った方法を学ばないといけないと思って、PR塾で学ぶことにしました。
-実際にPR塾で学ばれた印象はいかがでしたか?
実は私、2回PR塾で学んでいるんです。2019年はリアルの講座で、今とは違って3カ月のプログラムでした。コンテンツの多さとワークのスピードにとにかく驚きました。当時、他のビジネス講座も受けていたのですが、その中でもハードで、みんなよくついて行けるなと思っていました。社員としてのPRの経験はありましたが、自分自身のことでPR設計するのは難しかったですし、オンラインの経験や知識がまだ全然なかったので、SNSも本当に大変だったのを覚えています。
-ハードと感じられても再度受講されたのはなぜですか?
やはりPRは他の経営コンサルとはちがう私の強みだと思うので、これをお客様の成果につなげたいと思いました。一番自分がワクワクする部分でもあります。
私がやりたいのはPR代行ではなく、私と同じようにPRで夢を叶える人を増やすことなので、講座を開催したり、クライアントさんに方法を教えたりしていたのですが、なかなか思ったような成果が出ませんでした。
-現在はどのような形でPRをされているのですか?
今年の2月から、ルーマニアワインのインポーターのPRを始めました。
初めはPRの方法を教えながら、クライアントさんにも一緒にやってもらっていたのですが、日本国内のホームページもない状態だったので、プレスリリースを書いても反応がなく、まずはHPを整える必要があるとコンテンツ出しを行いました。
でも、作成まで時間がかかりそうだったので、私が自分でルーマニア本国のHP、SNSから情報を集めて日本語の原稿を作り、ひと晩でFacebookページを立ち上げました。
その上で、個別にアプローチするよりプレスの方に集まっていただく方が効果的に周知できると思ったので、10月にプレス向け試飲会を企画しました。これは以前の会社でよくやっていた方法です。ワインエキスパートの方にもご協力をお願いして、実際に試飲しながら、ルーマニアワインについてお話しできる場を作ったんです。
ワイン専門誌の編集者や、メジャーなメディアの方々にブランドのことやルーマニアワインのことをお伝えして、逆に知りたいことも質問していただき、しっかりコミュニケーションをとったところ、早速「モノ・マガジン」で紹介されました。
-すぐに結果に結びついたのですね。
はい、ルーマニアワインは「知られていない」からこそ、特に専門誌の方こそ知りたいだろうと思って「あなたの知らないルーマニアワインの魅力をお伝えします」というスタンスで、専門知識のあるワインエキスパートの方も巻き込んで開催したのが良かったのだと思います。
他にも興味を持ってくださっているメディアがあるので、これからもアプローチを続けていきます。
-現在もPR塾VIPで継続して学ばれていますが、PR塾の魅力は?
メディア交流会とSlackです。
メディア交流会はメディアの方からのフィードバックもありがたいですし、プレゼンが上手な方が1分で伝える情報量ってすごく多いので刺激になります。
Slackは情報の宝庫ですよね。自分の知っているメディアは限られているので、他の方の進捗や成果の報告が参考になりますし、プレスリリースの添削も、自分の添削はもちろん、他の方の添削が勉強になります。
-PR塾で学んで、ご自身が一番変化を感じられていることを教えてください。
最近PRアンテナが立っている気がします。中小企業の経営者の方とお話しする機会も多いのですが、会う人、会う人「これもっとPRできそうだな…」と思うんです。私の意識や視点が変わってきているんだと思います。
-常にPR視点でお話を聞かれているのですね。今後叶えたい目標や夢はありますか?
今までは個人事業主のPRが多かったのですが、もう少し規模の大きい企業のPRをしたいと思っています。そこのマーケティングスタッフを育てながらPRで成果を出すということをやってみたいんです。例えば半年はPR代行して、残りの半年は人材を育成するとか、SNS広報の担当者を育てながら、経営者のコーチングをパックにした講座なども考えています。
独立した時「小さな組織で影響力がある人」の役に立つ仕事がしたいと思い、思い浮かんだのは前職のお客様でお会いすることの多かったクリニックの開業医でした。その“参謀役”のようなコンサルタントになりたいと、医業経営コンサルタントの資格を取り、医療・健康・美容系の分野で経験を積みました。
外資系のPR時代、社内の人に色々話を聴いたり、社外の関係者やお客様に話を聴きに行き、その情報をまとめてニュースレターを出したりということをしていたのですが、今思うとこれは、社内の人にも「あぁ、うちの会社はこんなことをしているんだ」ということが伝わり、インナーブランディングにつながっていました。
同じように、クリニックでもSNSやHPを作って広報担当者を育てていくと、先生とスタッフのコミュニケーションにもつながり、情報が地域の人にも伝わり、気づいたら人も育っているし、患者さんも増えているし、採用にも困らない…という願いが叶うと思うんです。
そんな笑顔が溢れて、自立したチーム力で地域貢献するクリニックを増やしたいです。

-最後に、入塾を迷っている方にひとことアドバイスをお願いします。
PRを教えてくれるところは色々ありますが、コンテンツが充実していることと、一方的な情報発信ではなく、仲間と切磋琢磨し実践できる仕組みがあるのが、他のところとPR塾との違いだと思います。今はプレスリリースを書いているのが「誰か」ということを、まずネットで検索される時代なので、メディアアプローチだけでなくSNSをしっかり教えてくれるのも強みです。ぜひトライしてみてください。
-ルーマニアワインも、広報人材の育成も、今後が楽しみです。貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
※2022年12月12日取材当時の情報です。

The post 塾での学び×自身の経験で無名なルーマニアワインの試飲会を企画。メディアの注目を集め有名雑誌に掲載-奥野美代子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post 移住先の軽井沢でPRを強みに人の輪と事業が広がる 循環型社会実現の夢に向けて前進―八島朱里さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>Profile
PRプロデューサー/キュレーター/エシカルプロデューサー(2020秋 エシカル・コンシェルジュオンライン講座修了)
飲料メーカーでマーケティング・企画職を経験後、広告代理店やIT企業を経て、ものづくり企業のPR職に従事。そのかたわらカメラマンや編集などの経験も生かし、キュレーターとしてイベントを企画したり、エシカルプロデューサーとしても活動中。最近は環境問題や循環型社会への関心が高く、エシカルマルシェの主宰や地域のいいものを残していく取り組みを行っている。
SNS
Instagram(八島さん)
Instagram(軽井沢のおすすめスポットを紹介する「よりみち軽井沢」)
Instagram(軽井沢で25年続く紅茶を引き継いだカフェスタンド)
―八島さんは、東京から軽井沢に移住されたそうですね。
はい。約1年半前に東京から夫婦で移住しました。2016年に軽井沢で挙式を行い、式の前から何度も下見に行くうちに、夫も私も軽井沢を気に入りました。結婚後も毎週末のようにドライブに来ていたんですよね。軽井沢にいるだけで気持ちがよくて、夫と「これはもう、住むしかないね」という話になり、移住しました。
―素敵な思い出の場所だったんですね。お仕事は、どうされましたか?
私はメーカーの広報・PRをしています。東京の企業ですが、取材の対応以外はほぼリモートワークです。ちょうどコロナ禍の始まりの頃に今の会社に転職しました。その頃はまだリモートワークは珍しかったですが、前職がIT系の仕事で自由な社風の会社だったので、その頃から、好きな場所で働けることを重視していました。
今の会社は長野に工房があり、PRができる人材を探していると聞いたので、もしこの企業のPRができれば、「軽井沢に移住して仕事ができるかもしれない」と思い、応募しました。
―PRの仕事はリモートでもできるところが強みですよね。八島さんは、これまでもずっと広報・PRのお仕事をしてきたのですか?
いえ、実は私は転職を5回以上はしていて、しかも職種がさまざまなんです。ただ、オウンドメディアでの発信やブランディング、マーケティングや採用広報など、コミュニケーション系の仕事に関わってきたので、PRに近い仕事をしていた自覚はあります。広告系やIT系、カメラマンやライターをしたこともあるんですよ。
―職種に縛られずにいろいろなチャレンジをしてきたんですね。
そうですね。私は身動きが取りにくいは仕事が苦手なんです。自由に動ける働き方が自分に合っていると分かったのは、この5、6年の間ですね。キャリアの始まりはメーカーの企画職ですし、割と固い職場にいたこともあれば、フランクな企業にいたこともあり、最終的には「自分の感覚で自由に動ける仕事がいいな」という考えに落ち着きました。自分で選ぶ、こだわることを決めて、「軽井沢で働くことは譲れません」と公言するようになりました。
―それは素敵です。八島さんは、いろいろなことができてとても器用な方だと感じます。
器用貧乏なんですよ。1つの仕事に慣れてきて全体が見えると、次の興味が湧いてきて、前のことが嫌いになったわけではなくても、新しいことをするワクワク感を常に求めて転職してきました。そうすると、できる職種に広がりができて、職場全体を俯瞰できる一方で、「自分にしかできないことってなんだろう」と悩んでいたんです。どの仕事も長く続けてこなかったことがコンプレックスで……。今の仕事では技術を極めている職人の方々を紹介することも多いのですが、この裏には、私自身のコンプレックスからくる憧れがあるのかもしれません。

―移住先の軽井沢での生活はいかがですか?
”顔が見えるコミュニティー”や地域に興味を抱くようになりましたね。引っ越してきて、水道や電気などの手続きでいろいろな方が家にいらっしゃったのですが、皆さん、とても優しいんですよ。地域情報を教えてくれたり、テレビの設定まで電気屋さんがサービスでしてくれたり、宅配業者の方とも仲良くなったり、東京ではなかったコミュニケーションがあります。これがとても心地よく感じました。でも、どこか「初めての経験ではないな」と思って思い起こせば、子どもの頃の経験に基づいていることが分かったんです。
―どのようなご経験でしょうか?
母が北海道富良野市の出身で、子どもの頃、毎年夏休みに1カ月半くらい田舎に行き、田舎付き合いを見てきたんです。母の実家は農家だったので、メロンなどの農作物をご近所さんと分け合ったり、人手が足りない時期は畑仕事を手伝いに行ったり。親戚以外の人たちもよく家を訪れてきましたし、皆お互いを気にし合って、”顔が見える暮らし”があったんです。もらったものや、されたこと以上のことをお返ししようとしていたので、子どもの頃は、「それって損じゃない?」と感じていました。
しかし今、周囲の人々とのコミュニケーションの大切さを身に染みて感じており、子どもの頃、母の実家で体験してきた経験が腑に落ちました。それで、「手の届く範囲にいる方たちのために、何かしたい」と思うようになったんです。与えるものは完璧なものでなくていいんです。相手に、「あなたのことを思っています」と感じてもらえることが大事だと思っています。
―PR塾に入ったのは、そのような思いから軽井沢をPRで盛り上げるためですか?
入塾のきっかけは、自分にはさまざまなことができるけれど、「強みがひとつほしい」という理由からですね。「自分はこれが得意です」と自信が持てるものがほしいと思っていたんです。キャリアを振り返ってみると、私は誰かに何かを伝えることが好きで、それだけは常に一貫して行ってきたので、自分の強みを磨きたいと思い、PR塾に入りました。
―PR塾に入ってみていかがですか?
”OJT式”というところが最大のポイントだと思います。PRは案件によって状況が全く異なるので、打ち出し方も表現もその都度変えなければなりません。だから基本的な事例だけ知っていても、事例と異なる部分があると結局動けないんです。でもOJT式PR塾は、個別で具体的な案件に寄り添ってくださる添削システムなどがあり、とてもありがたいです。そして、添削では模範解答を示してくれますよね。単純に”タイトル30文字にしましょう”、”社会的背景を入れましょう”といったナレッジだけではなく、「今回はこれがいい」という、最適な答えを惜しまずに教えてくれます。目の前の課題をちゃんと解決する解答例をきちんとくれるのが、大きな学びになっています。

―ありがとうございます。八島さんは、本業でPRをされていますが、移住されたことで副業のPRのお仕事も増えたのでしょうか?
そうですね。もともと、いいなと思うものや人などを多くの人に伝えることを仕事にしてきましたが、私自身が地方に住んだことで、強く共感するものやことが増えて、さらに細分化されてきたように思います。
たとえば酪農をしている方と出会った時に、どんなこだわりで牛乳が作られ、だからこんなにおいしいのかと知ったら、「もっと多くの方に知ってほしい」と思うんです。「これは私がなんとかしたい」「私の出番だな」と。PRを学び、地方に住んで、まだ知られていない商品やサービスを、自分の力で世の中に広める面白さを感じています。大事にしているのは、”共感”ですね。地域の方へのお返しもできると思っています。私はライティングや写真、デザインもできるので、PRと掛け合わせて広い範囲でサポートできると思っています。
―PRだけでなく、2022年5月には紅茶のお店をオープンされるんですよね?
軽井沢で25年続いた紅茶のカフェが、コロナ禍で閉店することになったんです。移住してすぐの頃に通っていた行きつけのお店でした。25年間も地元の人たちに愛されて続いてきた価値を守りたいと考えて、私と夫がオーナーになり、お店を続けることにしました。
―ご自身のお店も含めた地域全体のPRをすることで、地域活性化につながりそうですね。
そうなんですよ。私自身がさまざまな活動をしていて、長野のエシカルなものを集めたマルシェを開催したり、地元のお店のPRをしたりしています。そういったことを積極的に発信していたら、地元のラジオ局から「パーソナリティをしないですか」とお誘いいただきました。
移住すると、初めて会う方ときちんと話すことがすごく増えるんですよ。東京では誰かと初めて会ったときに「こんにちは」くらいしか言わなかったとしても、地方だと必ず「何をしている方ですか?」という話になります。PR塾で学んでいるPRは、ビジネスのツールでもありますが、コミュニケーションとしてのツールでもありますよね。私のように雑談が苦手でも、PR塾で学ぶPR設計のように型を用意しておけば、誰とでも話せます。
―PR設計をコミュニケーションのツールに活用いただいているんですね。
PR設計は、広報の仕事だけではなく、営業や経営にも使えます。明確にしておけば事業活動がスムーズになる、とても有益なフレームだと思います。どんなやり方で何をするにしても自分の指針になるんです。シンプルにPR設計を磨いて伝えるのが本質だと感じます。

―ありがとうございます。では、最後に八島さんの今後の夢や目標を聞かせてください。
私は、環境問題に対しても関心を持っています。紅茶のカフェをするにしても、ただサービスを提供するだけではなく、地域の方たちをつないでいく、地域内で経済が回る仕組みづくりをしたいんです。まず軽井沢で行ってうまくいけば、日本各地のさまざまな地域で、各地域の特徴を生かしながら、それぞれの地域で経済が回るような仕組みを広げていきたいです。顔が見える方の商品をお互いに買い、種から育てたものを地域で売り、出たゴミはその土地の土に返し、そこでまた作物を作るという循環型の社会を実現したいと思っています。
―八島さん、PRをツールに軽井沢を拠点としてさまざまな活動を実現されそうですね。楽しみにしております。

The post 移住先の軽井沢でPRを強みに人の輪と事業が広がる 循環型社会実現の夢に向けて前進―八島朱里さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post PR塾の動画受講とOJT式の2期にわたりPR塾受講 障がいある方の雇用生み出すPR会社設立-土肥美木子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>Profile
2017年度「ミセスジャパン」日本大会グランプリ受賞。
2017年度「ミセスアジア」グランプリ受賞。ビューティフルスキン賞、ベストドレッサー賞等も受賞。
2018年~東金市PR大使としても活躍。
―土肥さんは、株式会社ミキティランドを設立されたばかりと伺っています。お仕事についてお聞かせいただけますか?
はい。障がいのある方々の雇用を生み出したいという想いから、PR代行に付随する作業を障がいのある方々にしていただくPR会社を設立しました。
―どうしてそのような会社を設立されようと思ったのですか?
私はパラリンピックの出場をめざす方や選手をサポートするスポーツ介助をしています。それ以前のOL時代にも福祉活動のボランティアに10年くらい関わってきました。実際に現場で障がいのある方々に関わる中で、ボランティア活動だけで解決できない社会問題に気付きました。
―どんなことでしょうか?
障がいのある方たちは、国からの保障のお金で生活しているのですが、生活費を除けば競技で使うスポーツ用品などを購入したら余りはないくらいの金額です。障がい者の方々の働く軽作業所のようなところで働いても月数万円しかお給料はもらえません。介護の人手が不足していることもあり、トイレ介助は決まった時間にしかしてもらえていない現状を目の当たりにし、もし障がいのある方々も収入を得られる仕組みがあれば、障がい者の方々が直接、必要に応じて介助の方を雇うということができるのではないかと考えたのが発端です。
―そのようなご経験からの、会社設立なのですね。障がいのある方が行うPR代行に付随する作業とは、具体的にはどんなことですか?
私がクライアント様のヒアリングをしてプレスリリースや企画書を作成するので、その校正をしていただいています。今は、会社で働きたかったということを聞いていた2名の方にトライアルをしていただいていますが、今後障がいが軽度の方には、ヒアリングやリリースなどの作成もしていただきたいと思っています。

―OJT式PR塾に入られる前にもPR塾で学んでいらっしゃったんですよね。
そうなんです。実はOJT式PR塾で1年間学ぶ前にも2018年にPR塾で学んでいたんです。対面か動画受講か選べたので、私は動画受講を選びました。PR塾で学ぼうと思った理由は、前年の2017年に「ミセスジャパン」というコンクールで優勝したことをきっかけに、地元の千葉県東金市の特産品のPR大使を務めることになり、PRについて知識がなかったので、学びたいと考え、PR塾に入りました。
―2期にわたってPR塾で学んでくださったのですね。
はい。2018年のPR塾で、特にSNSと自己紹介資料の作成の仕方など、学んだことをしただけで成果が出て、活動の場が広がりました。受講生仲間の協力も得て、東金市のキャラクター「とっちー」の絵描き歌を作り認知活動をしたり、「とっちー」を組み込んだ特産品の開発に取り組んだり。PR塾で学んだとおりにSNSを活用し、自己紹介資料を作成してプレゼンなどをしただけで、読者もフォロワーも、応援してくれる方々も増え、東金市のPR大使の活動は3年以上継続してできています。PR塾には本当に感謝しています。
―ありがとうございます。
でも、SNSって常に変化していますよね。常に学んでいかないと取り残されてしまいます。それで今のSNSを学びたいと思っていたことと、OJT式PR塾に申し込む前に、法人を設立してPRをする場合の料金設定などについてのレクチャーがあるかどうか、確認したところ、あるということだったので申し込みました。
―OJT式PR塾に入ってみられてどうでしたか?
まずノウハウがとても変わっていることに驚きました。2018年の講座からかなりアップデートされていて。講義の内容ももちろんですが、メディアの方へのプレゼンなんて以前はなかったですよね。私が仕事が忙しくなってきた頃に入塾したのですが、毎月本講義だけは絶対出ると決めて予定を空けていました。
―そうだったんですね。
本講義は1年間で2回りするのですが、2回受けたからこそ落とし込めたことも多くありました。1回目より情報がアップデートされていることもありますし、曖昧だった部分もよりクリアになりました。意外と大事だと感じたのは、追加資料です。最新のお役立ち情報を追加でいただけていたのが、本当に役立ちました。
―そうですね、テキストとは別に追加でたくさん資料がありますね。
もうひとつ、とても有難かったのは受講生の仲間です。深く関わらせていただいているクライアント様がいるのですが、その企業に問題が発生し、そういう場合に広報としてどう対処したらいいのか、全く分からなかったんです。どうしようか困った時に、受講生の方に、長年企業の広報をされている方がいるのを思い出し、直接コンタクトをとってご相談し、解決することができました。PRをしていく中で出てくる疑問や悩みも助け合える人との繋がりもPR塾の素晴らしい点だと思います。

―土肥さんの経営者としての今のお仕事で、PR塾の学びが役立っている点はありますか?
ロータリークラブの会議などで登壇したり、東金市に「ミセスジャパン」の予選を誘致したいので、スポンサー獲得のためプレゼンをしたりすることが増えたのですが、その時に、PR設計がとても役立っていると感じます。説得力のある話し方は、PR設計そのもの。PR設計のまま話せば、伝えたいことが明確に伝わると思います。
今年開催されたパラリンピックで千葉の聖火ランナーに選ばれたのですが、それには書類選考と面接がありました。その面接でもやはりPR設計がとても役立ちました。私が何をしているか、なぜしているか?他の福祉事業との違いなど……。PR設計を活用して面接に挑んだことで、面接をしてくださった方々を説得でき、ランナーに選ばれたのだと思います。
―素晴らしいご活躍ですね。土肥さんの今後の目標をお聞かせください。
障がいのある方にお仕事を斡旋できるような入所型の施設をつくりたいんです。もちろんお仕事に興味がない方はしなくていいですが、仕事をしたい方は、社会と繋がって活躍できるような施設です。そういう施設であれば、施設に入れる家族も罪悪感を感じなくてすむし、障がいがある方も家族の手を煩わせることなく自分の生活ができるのでは、と。介護に関わる方たちの一般に言われている3Kも変えていき、希望の施設にしたいです。私には、難病を患っている家族がいることもあり、当事者の身近な問題と捉えています。株式会社ミキティランドは、ディズニーランドの「みんなの夢が叶う場所」というコンセプトからきています。
―大きな夢に向けて企業としてPR事業をスタートされた土肥さん。PR塾スタッフ一同も応援しています。ありがとうございました。

The post PR塾の動画受講とOJT式の2期にわたりPR塾受講 障がいある方の雇用生み出すPR会社設立-土肥美木子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>