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個人事業主 | PRプロフェッショナル協会 https://pr-professional.jp PRの資格取得ができるPRプロフェッショナル協会 Fri, 02 Aug 2024 05:37:13 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.4.13 さまざまな職種を経験しPR業界に復帰、専門性を生かしフリーでも実績を積む―浅倉和博さん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-asakura-kazuhiro/ Fri, 02 Aug 2024 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=5351 PR会社を皮切りに、これまで数多くの仕事に従事してきた浅倉和博さん。入塾前からPRに関する豊富な知識と経験を持っていましたが、独立後にはより実践的な顧客獲得のノウハウを得ることを目的にPR塾に入塾されました。PRプロデュ […]

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PR会社を皮切りに、これまで数多くの仕事に従事してきた浅倉和博さん。入塾前からPRに関する豊富な知識と経験を持っていましたが、独立後にはより実践的な顧客獲得のノウハウを得ることを目的にPR塾に入塾されました。PRプロデューサーとしての心構えや、PR塾では少数派の男性受講生として感じたことについても語っていただきました。

PROFILE

1981年3月に大学卒業後、PR会社に入社するも3ヵ月ほどで退社。その後アルバイトの仕事を経て、再びPR業界に復帰し通算15年 近くPRの業務に携わる。PR会社退職後はSOHOの広告制作会社の企画営業職、飲食店経営者を対象にした通信教材の販売、地元商店街活性化のためのPR活動のサポート、宣伝・集客ノウハウの販売およびコンサルティング事業、中小ベンチャー企業の広報PR活動支援事業など、さまざまな活動に従事する。2022年2月PR塾に参加し、卒業後も企業案件を中心にPRプロデューサーとして活動する。

あなたのAKオフィス:https://prplanning.jimdofree.com/
Facebook:https://www.facebook.com/ASAKURAKAZUHIRO/
X:https://x.com/ASAKURAKAZUHIRO

PR業界で15年間のキャリアを歩む

―経歴を拝見すると、さまざまな仕事を経験されていますね。最初にPR会社に入った経緯から教えてください。

大学ではジャーナリズムを勉強していましたし、映像の世界にも興味があったので、マスコミに就職したいと考えていました。でも新聞社やテレビ局の入社試験に落ちてしまったため、メディアに関わる仕事としてもう一つ関心があった PRの業界に進むことにしました。

PR会社に入社した頃は学生の感覚が抜けきれず、大企業のように入社後はしっかり研修があって、その後どこかに配属されるのかなと思っていました。しかし社員十数人程度の会社でそうした体制は整っていなかったですし、社長が大手広告代理店出身の厳しい方で社風に馴染めなかったこともあり、結局3カ月ほどで辞めてしまいました。

―その後はどうされたのですか。

半年間ほどアルバイトをしながら違う仕事をしようと考え、次の仕事も決まっていたのですが、直前で考えが変わって別のPR会社に入ることになりました。その後また転職して、合計3社のPR会社に勤めたことになります。その間、食品業界団体や女性インナーウェア、ペットフード、菓子、光学用品、潤滑油などのメーカーをはじめ、さまざまな企業を担当しました。

PR会社勤務当時、クライアント主催のメディア向けセミナーにて

―PR業界を離れてからいったんは違う仕事も経験されて、またPRの世界に戻ってこられたそうですね。

いろいろと経験しましたが、自分の専門性が生かせて面白いと感じるのが結局のところPRしかなかったからですね。

PR会社を辞めた後は、画像制作関係の仕事をしたり、インターネットビジネスのスクールに入ってネット起業のノウハウを学んだりしていました。ちょうどインターネットが普及しだした頃で、その後SNSの登場もあってマスメディアがこの先衰退していくと言われ始めた時期でした。そんな背景もあって、私も一時はマスメディアを使ったPRに興味を失っていました。

食べ歩きが趣味で飲食業界に興味があったので、飲食店のPRの支援をしたり、スクールで学んだ知識を生かして飲食店がメディアを使って集客するノウハウを教材にして販売したりもしました。教材はそれなりに売れたのですが、よく考えると自分自身が飲食業界の実績がないのにこのまま売り続けても説得力に欠けると思い、一時中断しました。スクールの先生からは、なぜやめるのかと不思議がられましたが。

実績作りのため飲食店のPRをサポートし取材に立ち会う
「西川口焼焼売(焼きシューマイ)の会」のメンバーとして当時の埼玉県川口市長を訪問

―思い立ったらすぐに行動するタイプですか?

いえ、結構考え込む方で石橋をたたいても渡らないほうです(笑)。

クライアント獲得のノウハウを得るために入塾

―PR塾に入る前には別のPR講座に参加していたとのことですが。

そうなんです。飲食店向け教材の販売は2年でやめて、その頃にPRパーソンの養成講座に入ったのですが、PRのやり方を教えるだけで顧客獲得については教わった方法を実践しても上手く行きませんでした。異業種交流会やセミナーに出席して営業すると良いとも教わりましたが、私は営業が得意ではなかったですし、結局そうした場に集まってくるのは自分のビジネスを売り込みたい方が大半なので、残念ながら成果はほとんどなかったですね。

―顧客獲得の実践的な方法や、お仕事の紹介を受けるのが主な目的でPR塾に入ったのですね。

最初にPR塾のサイトを見た時に毎月2~3社の案件を紹介してもらえるという情報が記載されていたので興味を持ちました。後にそれは間違いであったことが判明するのですが、もし「お仕事紹介」が大前提での入会だとしたら取りやめても良いとのことでしたし、卒業生や受講中にフリーランスのPRプロデューサーとして何件もクライアントを獲得している人がいたので、どのように顧客を獲得しているのかぜひ知りたいと思いました。1社でも2社でも案件を獲得して実績を作れば、次の案件にも繋がる可能性が高まると思って入塾を決意しました。

―実際に入塾されていかがでしたか。

もちろんしっかりと報酬をもらって仕事を獲得している受講生もいましたが、PRのことをまったく知らない初心者の方や経験の少ない方が、無料お試しや月額報酬数万円程度のモニタークライアントを獲得しているケースも多かったため、当初の想定と違った部分はあります。

ただ、無報酬ではありましたがPR塾で募集していた致知出版社の雑誌『母』のPRチームに入ってメディアPRを担当し、そこで出版PRについて学ぶことが出来たのは収穫でした。その後はクラウドソーシング経由で知り合ったクライアントさん1社の他、以前から話を進めていたもう1社との契約が決まりました。

―PRの成果は上がりましたか?

プレスリリースや企画書を作成していくつかメディア掲載は獲得できましたが、反省点もありました。1社に関しては月額報酬を頂いて毎月決まった件数をアプローチしていましたが、振り返るともう少し頑張って成果を上げることもできたのではないかと思っています。もう1社に関しても、こちらからもっとネタを集めて企画を提案するなどしていれば良かったかなと思います。

女性のパワーを感じられるのもPR塾の魅力

―PR塾に入ってご自身が「変わった」と思うところはありますか。

PR塾は女性の受講生が多いこともあり、女性に対する見方や印象が変わったことでしょうか。「変わった」というよりも、「実感した」と言うほうが正確かもしれませんね。女性が持っているエネルギーやパワー、行動力などを、講座への参加やSNSでの交流を通して体感することができました。

私がかつて所属していたPR会社でも女性が多い職場はありましたが、当時の小さな会社のトップはワンマンの男性社長がほとんどであるためか、女性が自由に力を発揮し難いのかもしれませんね。PR塾にいる女性たちからは「スキルを身に付けて活躍したい」という高いモチベーションを感じます。

女性活躍の時代になっていますし、入塾されると私たち世代が持っている女性に対するイメージが変わる部分もある気がします。それを学べる場でもありますので、男性にもぜひ参加してほしいと思います。

PR塾を主催するLITA代表の笹木郁乃(右)と講師の伊藤誉英(中央)と共に

―豊富な経験を踏まえて塾生にアドバイスをお願いします。

PRパーソンとして独立してやっていくにはPRの手法だけでなく、顧客獲得が切実な問題になります。そのためにはやはり、「私と仕事をしたい」と相手に思ってもらえるかどうかが最も重要です。人それぞれタイプが違いますし、自分を大きく変える必要があるなら実行しなければなりません。私自身もそれが十分できているとは言えない部分があるため、引き続き頑張っていきたいと思います。

未来に繋げるためにも、今はとにかく現在のクライアントさんの仕事に全力を尽くしたいです。先ほど述べたように手掛けた案件に対して「もっとできた」という反省もありますし、目の前の仕事に全力で取り組むことが次へとつながっていくのだと感じています。

※2024年7月取材時の情報です。

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デザインとPRスキルを掛け合わせ自身の本業とクライアントの成長に繋げる―髙橋まり子さん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-takahashi-mariko/ Fri, 26 Jul 2024 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=5345 何度か転職を繰り返しながら、キャリアや収入に関して不安定な20代を過ごした髙橋まり子さん。フリーランスデザイナーとして活動をしている中で、PR塾に入塾されました。PRという新たな武器を身に付けたことで、活動内容や将来展望 […]

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何度か転職を繰り返しながら、キャリアや収入に関して不安定な20代を過ごした髙橋まり子さん。フリーランスデザイナーとして活動をしている中で、PR塾に入塾されました。PRという新たな武器を身に付けたことで、活動内容や将来展望がどのように変わったのか、お話を伺いました。

PROFILE

1979年静岡県浜松市生まれ。湖西市在住。 高校卒業後、上場企業(デザイン部署)に就職するも3年で退職。 その後3回転職し、経済的にも精神的にも不安定な20代前半を過ごす。 「大好きなデザインの仕事に戻りたい」 と地元の印刷会社に再就職。グラフィックデザイナーとして編集を担当し、6年間で印刷知識と編集スキルを身につける。結婚・出産で印刷会社を退社し、1人目を出産後の2013年、起業家セミナーを受講。 2015年(34歳) で2人目の出産直前に起業届けを提出し、スモールステップで仕事をスタート。2023年7月PR塾に入塾。 2024年PRモニターのサポートをスタートし、実績と経験を積む。

入塾のきっかけは絵本作家の北島多江子さんとの出会い

―本業は、フリーランスのデザイナーだそうですね。

フリーランスになる前は、印刷会社に6年間ほど勤務してデザインの仕事をしていました。高校卒業後にも一度デザインに関わる仕事に就いたのですが退職し、エステティシャンになったり看板制作会社に勤めたりとさまざまな職場を経験しましたが、やっぱり大好きなデザインの仕事に戻りたいと思って現在に至ります。

―フリーランスになった理由は何ですか。

結婚と出産を経て、産後に元の会社に復職するには距離的に難しかったことに加え、再就職するにも希望に合う求人が見つからなかったので、自分でやってみようと考えたんです。それで起業塾に入りましたが、最初から「起業するぞ!」とやる気に満ちていたというよりは、とにかくデザインの仕事がしたい一心で、子育てと並行しながら少しずつフリーランスの道を歩み始めたという感じでした。

―PR塾に入ったきっかけは?

フリーランスになった後に、絵本作家で朗読家の北島多江子さんと湖西市のイベントで知り合いました。その後、北島さんとはSNSでつながって、メディア掲載を獲得するのを目にしていました。同じく、北島さんと出会った私の友人から、北島さんがPR塾に入って活動しているという話を聞き、興味を持つようになりました。

―面白い繋がりですね。当時はPRの必要性を強く感じていたのでしょうか。

フリーランスとして宣伝用チラシなどを制作していましたが、お客様に納品した後、実際の集客状況や売上への貢献できているだろうか?という想いがありました。そこで、PRを通じてメディアへの露出もお手伝いさせてもらうことで、お客様の事業の拡大や売上アップに繋げられるのではないかと。それまでは印刷会社の知識と経験だけでやってきたので、武器となるような具体的なメソッドを身に付けて、自信を持ちたいとも思いました。

北島多江子さん(右)との縁が後のPR塾入塾に繋がる

―クライアントさんには主にどのような方が多かったのですか。

最初は、起業セミナーの講師の方からチラシの依頼をいただきました。その後は起業塾で知り合った個人で事業を営まれている方が多かったですね。紹介でお仕事を頂くこともあり、さまざまな分野のお客様の名刺やチラシなどを担当してきました。

記者との繋がりを大切にしてメディア掲載を獲得

―実際にPR塾に入った印象はいかがでしたか。

情報量が多く吸収するのが追い付かない部分はありましたが、講師・塾生の皆さんが前向きに頑張っている様子を見て、私も頑張ろうと思えました。フィードバックやアドバイスでとても勇気をもらえる場だと思います。

―デザインは職人的なスキルが必要ですが、PRにはコミュニケーションスキルも求められます。そのあたりは問題なかったでしょうか。

正直なところコミュニケーションは苦手な方で、上手く情報や想いを伝えるのが難しいと感じることもありました。ただ、メディアへの電話アプローチの仕方などもPR塾の講義で具体的に教えてもらうことができ、その通りにやれば良いんだと思って取り組むことができました。

―最初にPRに取り組んだのはどのような案件でしたか。

まずは北島さんの絵本プロフェッショナル協会のPRをお手伝いする他、リーフレットを作らせていただいたご縁から、モニターとして静岡県を拠点とするブライダルプランナーチーム「One Page」さんが主催するフォトウェディングのPRを担当させていただきました。

―PRを実際に自分で行ってみて、苦労したことはありますか。

北島さんは比較的大きなメディアからアプローチを開始しましたが、結果が出せず、地方メディアへのアプローチにシフトして、ラジオ局の取材を獲得できました。それをきっかけに、ローカルメディアから徐々に掲載が連鎖する「シャンパンタワー」の最初の一端を体感することが出来ました。

絵本の読み聞かせ会のプレスリリースを送った後は、そこで知り合えた記者さんに専門家企画書を作成して送り、中日新聞の人物紹介コーナーに取り上げられました。粘り強く連絡先を聞いたり追加情報を送ったりすることで、記者さんとの繋がりが作れたと思います。

―フォトウェディングのPRはいかがでしたか。

地方新聞2社と地元のケーブルテレビの取材が獲得できました。北島さんのPRを通じて知り合った記者さんに情報を送って、湖西市の担当記者さんに繋いでいただいた形です。やはり記者さんも人間なので、信頼関係をつくる事がとても大事だと実感できました。

フォトウェディングの取材風景

地方で大きく広がるPRの可能性

―PR塾に入って良かったことは何ですか。

一番の学びになったのは塾生のみなさんのマインドの部分です。私の場合、決して積極的な理由だけで起業したわけではないですが、塾生仲間や講師の皆さんが前向きに励ましてくださったこともあり、マインドセットが一段上がったと思います。

Slackでの添削もとてもありがたく、講師の方のアドバイスによって自分のプレスリリース作成の精度も上げていけたと思います。 講義で足りない部分をアーカイブ動画で繰り返し確認できましたし、結果を出し続けているリアルな内容だからこそ、講義の内容や得られたマインドセットを素直に受け止めることを意識しました。

具体的なメソッドについても電話のかけ方ひとつから教えてもらえるので、すぐに行動に移せました。デザインの仕事だけやっていた時よりお客様に提供できるものが増えたので、自信を持って目標を立てられるようになりました。

―入塾前に考えていたように、PRを武器とした活動は始められていますか。

これからというところですね。子どもの夏休み期間ということもあり、今はメニューや料金設定などをじっくり考え、秋以降は本格的にPRのサービスを提供していけたらと思っています。デザインの仕事絡みでなくても、PR単体の案件も積極的に受けていきたいです。

―数年後の理想像のようなものはありますか。

まずは、周りのお客様にPRとデザインで、今まで以上の付加価値を提供し、もっと貢献できるようになりたいと思っています。フォトウェディングのクラアントさんの事業が撮影会をきっかけに拡大して行く際には、ぜひ、継続して関わりサポートさせて頂ければと考えています。

将来の理想としては、一人でやっていくのは限界があるので、チームとして仕事に取り組めたらという夢があります。PR代行もそうですが、ホームページ制作は得意な方と協業し、お互いの苦手な部分を補完しながら、お客様に提供できるサービスの幅を広げられたらと思っています。

―最後にPR塾に入ろうと考えている方にメッセージをお願いします。

自薦の広告ではなく他薦の口コミの時代にPRはますます重要視されていくと思いますし、私のように地方で活動するPRパーソンはまだ少ないので、始めるなら今がチャンスだと思います。

先日フォトブライダルに取材に来ていただいた記者さんから、個人でプレスリリース作成やアプローチを手掛けるPRパーソン会ったのは私が初めてとお聞きしました。地方在住の方にとって特に、サービスに付加価値を付ける手段として、PRには大きな可能性が広がっていると思います。

―地方在住の方には心強いメッセージですね。本日はお話有難うございました。

※2024年7月取材時の情報です。

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情報発信とPRで挑戦する人々をサポート、「プロの裏方」として地方創生に取り組む―田中可奈子さん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-tanaka-kanako/ Fri, 12 Jul 2024 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=5327 東京の大手メディアに勤務した後、滋賀県高島市に移住して地域情報を発信してきた田中可奈子さん。PR塾で学んだことによって自信を付け、企業や自治体の案件を多数獲得されています。将来は全国のさまざまな地域で地方創生に貢献するの […]

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東京の大手メディアに勤務した後、滋賀県高島市に移住して地域情報を発信してきた田中可奈子さん。PR塾で学んだことによって自信を付け、企業や自治体の案件を多数獲得されています。将来は全国のさまざまな地域で地方創生に貢献するのが目標と語る田中さんに、お話を伺いました。

PROFILE

東京在住時に大手メディア会社で、Webニュース配信などの情報発信を実務経験。妊娠を機に退職。 滋賀県高島市へ移住後は、地域の情報がネットから得られなかった経験から、2017年にローカルメディアを立ち上げる。その3年後にコミュニティスペースをオープン。行政や企業のプロジェクトに参加し、発信し続ける。ライフワークは「挑戦・発信(コミュニケーション)・循環」でお客さまの未来を変える。 小学5年生と3年生の2児の母。

Facebook:https://www.facebook.com/k.t.takashima

メディアの仕事を経験後、高島市に移住

―田中さんはこれまでどのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。

地元の岡山県にある製造業の他、派遣社員としてさまざまな会社に勤務していましたが、いずれは自分で何かしたいと考えてパソコンやウェブなどの勉強をしていました。その後、上京してKADOKAWAの「ウォーカープラス」の部署で働くことになり、ライターさんが上げてくる原稿のチェックやWebニュース配信などの業務を担当していました。派遣社員でしたが、毎日大量に届くプレスリリースから面白そうなものを仕分けしたりするうちに、自分でも記事を書くようになりました。

―もともとメディアの仕事に興味があったのでしょうか。

はい。岡山にいた頃はライター講座に通ったこともあります。もともと情報発信には関心を持っていましたが、地方なのでそうした仕事はありませんでした。

―メディアの世界の仕事はいかがでしたか。

そもそもミーハーで(笑)、新しいものに触れたり好奇心を刺激されたりするのが好きだったので楽しかったですね。でも、将来自分で情報発信を行う想定はしていなかったです。夫の地元である滋賀県高島市に移住することになった際に、あるライターさんから「地方でもライターをやったらどうか」と勧められたのもあって今に繋がっています。

―地方でライターとして活動するのは難しかったのでは?

高島市に移住後、すぐにライターとして活動できたわけではないです。子どもが小さい頃はスクラップブッキングと呼ばれるペーパークラフトのアルバムづくりをしていたのですが、初めて住む地域で人脈はないし、思うように人を集めることもできませんでした。でも、働き続けたいという意思はあったため、自分で情報を発信しようと決めました。

それで、人や情報が集まるお店に通ったり、行政が主催する講座に通ったりするうちにだんだんと繋がりが生まれて、地域の情報を発信する「たかしまじかん」というサイトを立ち上げました。

―サイトの運営は順調でしたか。

基本的にはボランティアで収益はほとんどなかったのですが、取材を口実にさまざまな人に会えましたし、地方創生に関する情報発信は興味を持っている分野なので苦にはならなかったです。でも最初は怪しまれることが多く、正式に取材依頼をしても断られてしまうので、お客さんとしてお店を訪問して「ウェブに情報を載せても大丈夫ですか?」といった感じでお話を聞いていました。サイト自体は今年閉じることになったので、約7年間続けたことになります。

―地方創生に興味が湧いた理由は何ですか。

私の場合は人が好きなので、人を通してその場所が好きになっていく感覚です。よく移住してきた人から「高島のどんなところが好きですか?」と聞かれるのですが、元々は特に好きではなかったんです(笑)。でも地域の人と繋がりだすと、その周りの人たちや環境もどんどん好きになっていきます。現在携わっている地方移住や観光促進の仕事も、「人が好き」という部分が大きいですね。

人が好きなことがエネルギーの源に

PR塾では学びしかなかった

―PR塾にはどのようなきっかけで入ったのですか。

サイト運営からの収益もなかったですし、このまま年齢を重ねて50歳を迎えるのは嫌だなと思うようになり、それまでひっそりとやってきたことをもっとオープンにしていこうと考えました。

PR塾に入る前に起業塾でも2年ほど学んだのですが、そこは一般消費者向けのビジネスを中心に教えていて思うような成果が出なかったのと、自分はその方向性ではなく、企業と仕事をして収益基盤を固めた上でやりたいことができたら良いなと。地域の中小企業の多くがPRを十分にできていない状況を目にしていたため、以前から気になっていたPR塾に入ることを決意しました。

―実際に入ってみていかがでしたか?

メディアで働いていたのである程度はできるのではないかと思っていましたが、立場が変わればこんなにも変わるのかと驚きました。プレスリリースもなかなか納得いくものが書けなかったですし、やってみて初めてできないことの多さに気付きました。本当に学びしかなかったです。

始めの頃は十分に動ききれていなかったのですが、プレスリリースや企画書の作り方をしっかりインプットして、3件のモニタークライアントさんの新聞掲載を実現できたことで、情報を発信する大切さを実感しました。独学や思い込みではなく、実績のあるPR塾で学んだことによって、案件獲得にも自信を持てるようになりました。

PR塾で多くの仲間や仕事との縁が生まれた

口コミで自治体の仕事を多数獲得

―現在はどのような案件を手掛けていますか。

PRでは期間限定の企業案件とPR塾の仲間のサポートとして入っている案件の2つ。PRも含む地方創生の分野では、滋賀県と高島市の行政案件が4つ入っています。自治体案件ではさまざまな部署と関わっていますが、どの部署においても情報発信の必要性が高いと感じています。

―自治体の案件については、どのように獲得したのでしょうか。

口コミや紹介が多かったですね。「こんなことができるメンバーがいないか」といった話が出たタイミングで、私の名前を挙げてくださる人がいたりもしたようです。

―田中さんの名前がある程度知られていないと難しいと思いますが、どうやって周囲に認識されるようになったのでしょうか。

メディア出身だったので、今の時代に何が注目されるかかについては、ある程度分かっていました。たとえば、コロナ禍に地方から移住してくる人たちのためにコワーキングスペースをオープンして、SNSにも自分の顔を出すなど、積極的に表に出ていくようにしたんです。「たかしまじかん」のサイトにはあまり露出しなかったのですが、誰が運営しているのかと裏で話題になったりもしていたようです。

自信もメディア出演するなどして認知を高めていった

―コワーキングスペースとして開いた場所は今どのように活用しているのですか。

今は積極活用しておらず、事務所代わりに使っています。コミュニティスペースとして、たとえば企業の研修やイベントに使いたいといった申し出があった場合にだけ時間貸しする感じです。人が集まれる場ができた効果は大きく、周りからの信頼度も上がりましたし、繋がりのある人が他の人を連れて来てくれたりするなど、確実に恩恵を受けています。

積み上げた信頼は複利で大きくなる

―PRのノウハウと他のスキルを掛け合わせて活動する塾生は多くいますが、田中さんの場合もライティングやマーケティングスキルとの相乗効果のようなものは感じていますか。

どの場所に行っても、PRのスキルは有用ですね。私の場合は発信(コミュニケーション)がテーマになっているので、ウェブマーケティングの流れを学んだ後にPRを学んだことがとても役に立っています。

今後はスキルを生かして全国の地方創生に関わっていきたいので、法人化に向けて動き始めているところです。そのためにもPR案件の実績をもっと積み重ねて、もっと訴求できるように動いていきたいと思います。

―着実に積み重ねてきたことの成果が出ている印象です。

コツコツ努力するのはどちらかというと苦手なのですが、振り返ってみると好きなことだから無理せず続けられましたし、積み重ねてきた信頼が複利のように大きくなったことで、ようやく今にたどり着いた感覚があります。

―最後に、PR塾に入ってくる方たちにメッセージをお願いします。

私の場合は「50歳を変える!」という目標を掲げて行動し続けた結果、決意した頃とは違う未来に向かっています。何かを始めるのに最も早いタイミングは今ですし、確実に未来は変わるのでぜひ行動してほしいと思います。

―全国の地方創生で活躍されるのを楽しみにしています。本日はお話有難うございました。

※2024年6月取材時の情報です

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PR塾での学びを生かし理想の働き方を実現、発信力を生かして地方創生の力に―二木春香さん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-futatsugi-haruka/ Fri, 05 Jul 2024 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=5320 会社員を経て、料理教室や起業塾などさまざまな挑戦を続ける中でPR塾に入塾した二木春香さん。身に付けた発信力と企画力によって、着実に実績を積み上げていきました。理想の働き方を実現するまでに歩んできた道のりと、今後の夢を語っ […]

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会社員を経て、料理教室や起業塾などさまざまな挑戦を続ける中でPR塾に入塾した二木春香さん。身に付けた発信力と企画力によって、着実に実績を積み上げていきました。理想の働き方を実現するまでに歩んできた道のりと、今後の夢を語っていただきました。

PROFILE

「地方の発信力を底上げする!」 をミッションに、 地元島根を拠点に全国の《情報発信が苦手な》事業者にSNSを含めた広報・PRを教えている。 大学卒業後、10年間の大手スーパー勤務の後、 東京から地元島根にUターン。 料理教室講師を7年、 起業塾主宰を経て、 現在会社設立7期目。 老舗企業のコンサルティング実績多数。 商品開発からのアドバイスが好評。 保育園児から中学生まで、 3人男子の子育て中。PR TIMES公認プレスリリースエバンジェリスト。

会社HP https://cometrees.jp/

Instagram https://www.instagram.com/haruka_futatsugi/

Linkedin https://www.linkedin.com/in/harukafutatsugi/

さまざまな講座に通って自分に先行投資

―新卒でダイエーに入社されたそうですが、どのような業務に就いていたのですか。

最初は婦人服売り場から始まり、最終的には本社で新店舗開発に携わりました。部署は男性所帯ではありましたが仕事は面白かったです。ただ、会社が傾きかけていた頃だったので、出店よりも賃料の減額交渉などが中心になり、そのストレスのせいか小さなころから悩んでいたアトピーが酷くなってしまいました。

―退職後は料理教室を開いていたそうですね。

会社員時代からハマっていた食養生のマクロビオティックの資格を、長男の産休・育休期間中に取得して、自宅で教室を開きました。食事を変えることによって私自身のアトピーの症状も改善したので、多くの人に伝えたいと思ったんです。お客様はお母さんたちが多く口コミとSNSで集客していましたが、価格設定が上手くできなかったこともあり、ビジネスとしては今一つ伸びませんでした。

―その後、起業塾の講師になったとのことですが。

料理教室は7年間続けましたが、ビジネスとしては厳しかったのでどうしようかと悩んでいた時に、夫が申し込んできた起業家のための合宿に私が行かせてもらうことになりました。そこで学んだSNSやマーケティングなどの知識を生かして、私と同じように想いがあるのにビジネスとして続けられない人をサポートしたいと考えました。

―成果はすぐに出たのでしょうか。

やはり、たった3日間で学んだ知識を伝えるだけでは、生徒さんたちの結果に繋げることができませんでした。でも何とか結果を出したかったので、さらに別の講座でも学び、最終的にはある先生に長期で伴走してもらいながら、起業塾を軌道に乗せることが出来ました。

ただ、人間関係の問題に巻き込まれて辛くなってしまい、対個人ではなく企業を相手に仕事がしたいと思うようになりました。ちょうどそんな時に、私のコンサルを受けた男性起業家の方から世界進出を目指しているという話を聞き、それにはPRが必要だなと。そこで、以前から気になっていた笹木郁乃さんのPR塾に入ったという経緯です。OJT式PR塾になる前の12期生でしたね。

―当時はまだオフライン講義だったと思いますが、島根から毎回参加されていたのですか?

毎回通っていましたね。PR塾だけでなく別の講座も東京で受けていたので、頻繁に上京していました。当時の先行投資は今も返済中です(笑)。

対個人から法人相手の仕事が中心に

―PR塾の印象はいかがでしたか。

既に活躍されている方もいましたし、普段は出会えない人たちに会える場所だなと思いました。そんな中で郁乃さんが良い雰囲気を作ってくれましたし、郁乃さんが 道を切り拓いていかれる姿も、先を進む先輩として学ばせていただいていました。

―最初に成果が出た案件は何でしたか。

すぐにはプレスリリースの切り口も浮かばず、全然書けなかったのですが、2019年に地元の作家さんたちが開催するアート展に関してメディアアプローチを行ったところ、テレビと新聞2社ずつから取材を獲得できました。

ただ、その後はPR関係の仕事がたくさん入ってきたわけではないため、自分たちのPRを続けて信用を貯めていく作業に注力しました。たとえば、経済産業省が手掛けている中小企業や小規模事業者のための「よろず支援拠点」という相談所が全国にあるのですが、そこでSNS活用やプレスリリースの書き方などについて教える専門家として勤務したり、地元の中小企業の団体のセミナーで講師を務めさせていただいたりして、仕事を増やしていった感じです。

その他にも、「SNS広報マスター講座」を立ち上げました。最初は個人起業家の方の受講が中心でしたが、現在はリニューアルして「PRマスタープログラム」とし、企業の方の受講が多くなっています。

―希望していたように、法人相手の仕事ができるようになったわけですね。

そうですね。よろず支援拠点は「コンサルタントの登竜門」とも呼ばれているらしく、そこの専門家という肩書きを得たことで信頼が得られた部分はあると思います。あとは私自身が地元の中小企業家の集まりに入って、経営者の方々との繋がりができたことも今に繋がっていると思います。

地元に根付き口コミ中心に案件を次々に獲得

―一歩ずつ着実に成長していった感じですね。苦労したことはありますか。

はい。今は講座とコンサルティングをセットで提供していますが、地方の事業者が無理なく払える価格水準は都会とは違うのではないかと、こちらから金額を提示できないケースもありました。それでも受講したいと言っていただけて、契約更新となった会社が3社ほどになった時に、認められるようになったと感じました。

―契約更新できているのは、やはり相応の結果を出しているからですよね。

競争率が低い地方のアドバンテージでもありますが、たとえばこれまで手掛けたプレスリリースの8~9割ほどがメディアに取り上げられましたし、採用難の中でもSNSの活用によって1年間で9名の採用が実現した会社もあります。経営者の集まりの中で、私を推薦していただくケースもあるようです。

―自ら積極的に営業して新規開拓するわけではなく、地元に根付いて自然と仕事が入ってくる感じですね。

営業する余裕がないというのもありますが、先方から興味を持っていただく形が多いですね。現在は10社のクライアントを抱えています。

―PR案件をそれだけ抱えるのはかなり難しくないですか?

そこは工夫していて、私はPR代行業務ではなくコンサルティングに特化し、講座では文章術やマーケティングなどを夫ともう一人の先生にも担当してもらっています。

―PR塾だけでなく、他の場所で得た学びも含めてビジネスに活用していますね。

まさにそういう感じです。その中でも、PR塾で得たものは何と言っても会社紹介資料の作り方で、B to Bのビジネスを手掛けるにあたって資料を作れるようになったことは大きかったです。何かを提案するにしても、まずは資料を見せてからになりますから。

企画力でメディア取材を獲得

―女性による起業スクールも増えているのでメディアにPRするのが難しくなっていると思いますが、そこで工夫したことはありますか。

時流を捉えることは意識していますね。たとえば、コロナ禍ではそれまで実施していた対面セミナーをオンラインで行う、というだけでもメディアに取り上げてもらえました。あとは持続化補助金を使って立ち上げた出版社の話や、その出版社から発売した地元の温泉街の本に関してリリースを打って、メディアに取り上げられました。

そのほか、ワ―ケーションという言葉が流行り出した際に、女性起業家4人を島根に呼んで、松江市役所の職員さんとの意見交換会を行う企画を実施したり、東京から講師を招いたセミナーに地元の老舗企業が多く参加するという内容のリリースを打ったりして、取材に繋げていきました。

セミナーに登壇し、情報発信の大切さについて語る

―企画力が素晴らしいですね。今後取り組んでいきたいことは何ですか。

地方になるほどどうしても情報発信に関するリテラシーが下がっていくので、これまで培ってきたスキルを使って、地方創生に貢献したいですね。そもそも島根に戻ってきた時に抱いたのは、地元には良いものが沢山あるのに知られていない、知られないと残っていかないのでなくなってしまうという危機感でした。さまざまな場所に出かけるのが好きなのもあるので、全国の地方で企業活性化の役に立ちたいと考えています。

―最後にPR塾生にメッセージをお願いします。

私の場合、理想として描いていた形で働けているので、今とても幸せです(笑)。ブランディングや情報発信は何をするにも必要なスキルだと思うので、PR塾生の方やこれから入塾を考えている方々には、迷わずにできるだけ早く身に付けてほしいと思います。

―理想の実現に向けて着実に歩んできた経験は、他の塾生にも大いに参考になると思います。本日はお話ありがとうございました。

※2024年6月取材時の情報です

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12年間の専業主婦生活からPR塾での学びと広告のノウハウを生かして起業、理想の働き方を手に入れる―後藤優子さん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-goto-yuko/ Fri, 28 Jun 2024 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=5313 SNS広告とPRのノウハウを掛け合わせて、クライアントの集客や認知拡大をサポートする後藤優子さん。知識も経験もゼロの専業主婦でしたが、学びと行動を積み重ねた結果、理想的な働き方と収入基盤の確立を実現しました。子育てと自由 […]

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SNS広告とPRのノウハウを掛け合わせて、クライアントの集客や認知拡大をサポートする後藤優子さん。知識も経験もゼロの専業主婦でしたが、学びと行動を積み重ねた結果、理想的な働き方と収入基盤の確立を実現しました。子育てと自由な働き方を優先しながら、起業家としても活躍する現状についてお話を伺いました。

PROFILE

Myブランドプロモーション主宰。SNS広告とPR戦略で、顧客の認知拡大とリスト獲得による集客サポートのビジネスを行う。中学3年生、小学6年生と3年生の3児の母。子育てに悩んだことがきっかけで専業主婦から起業の世界へ。発達科学コミュニケーションで未経験から興味のあった広報を担当し、PRという未知の領域へ足を踏み入れる。PR塾との出会いで1年間学んだ成果を生かして起業し、現在はSNS広告とPRによる集客サポートのビジネスを行う。

Facebook https://www.facebook.com/gotoyuyubiz/

Instagram https://www.instagram.com/gotoyuko_pr/

専業主婦から子育て講座の会社の広報担当に

―これまでのキャリアについて教えてください。

新卒で製薬会社に入社してMRとして3年間勤務した後、医療系のマーケティング会社に転職しました。その後結婚して、妊娠をきっかけに専業主婦になり、12年間ほど専業主婦を続けました。

―PR塾に入ったきっかけは何だったのでしょうか。

子どもが3人いたので、一番下の子が幼稚園に入るタイミングで社会復帰したいと思っていたのですが、ちょうど良い時間帯で働ける仕事がなかったんです。会社に就職するのが厳しい現実に直面しながらも、何かを身に付けなればと思っていたときに、発達障害やグレーゾーンの子育てに関するオンライン講座を行っている団体を知りました。社長は臨床発達心理士で脳科学を研究した方で、家庭での発達支援をスタンダードにしたいと起業し、そのメソッドや発達科学や脳科学について教えている他、講師として起業するママたちの支援もしています。

その団体に入ったのは、子育ての悩みを相談しに行ったことがきっかけなのですが、ちょうど学生時代に興味のあった広報担当者を募集していたため最初は子育て講座を受けながらアルバイトのような形で働かせてもらうことになりました。ただ、初めての広報はなかなか上手く行かず、広告とPRの違いすら理解していないレベルだったので、やっぱり結果を出したくて、どこかでしっかり学ぶ必要があると感じました。それでいろいろと調べたところ、PR塾が良さそうだったので入塾を決めました。

―入塾は即決したのですか。

PRが本当にキャリアに役立つのか心配でしたし、費用のことも含めて正直悩みました。でも入塾前のカウンセリングで、未経験で専業主婦でもきるのか相談したところ、親身になって答えていただいたのでここなら大丈夫かなと。成果も出せて未来のキャリアに繋がるなら、自己投資しようと決心しました。

メディア掲載で周囲からの信頼度が高まる

―入塾後の印象はいかがでしたか。

すごく丁寧で細かいサポートがありましたし、尋ねたら恥ずかしいと思うような質問にも答えてもらえる有難い環境でした。塾生の中にはすごい方も沢山いらっしゃいますが、全員がニックネームで呼び合ってフラットな関係性を作るルールなので、交流しやすかったです。もし、最初からお互いの背景などを知っている状態なら、話しかけられなかった人もいたかもしれません。

―入塾して重点的に学んだことは何ですか?

想いを届けるプレスリリースやメディアへの個別アプローチや痒いところに手が届くような細かいことまで具体的に身につけられることです。当時はコロナでリアルの活動もなくリリースの配信サービスをメインに活用していたので、そちらの方に力を入れていました。すると、幸運なことに入塾したのと同じくらいのタイミングで、代表のラジオ出演が決まったんです。

社長の取材に同行する後藤さん

―その後、成果は続きましたか。

そのラジオ出演がきっかけで、一番出たいと思っていた雑誌『AERA with Kids』から声がかかって、今でも良い関係が続いています。その他、プレスリリースがきっかけで出版やコラムの依頼をいただいた他、個別アプローチでも習った通りに行動した結果、ウェブメディアや新聞社などから掲載を獲得できました。

―メディア掲載された反響はいかがでしたか。

それまでは、子どもの発達障害についてオンラインで教えるのは新しい試みなので、どうしても怪しまれてしまいがちでしたが、メディアに出たことでちゃんとした団体だと周囲から認められるようになったのが大きかったです。

PR塾での最大の学びは「物事の本質」を考える思考

―子育て支援団体のPRだけでなく、PRプロデューサーとしてキャリアを積むイメージは最初からあったのですか?

せっかく自己投資してPRを学んだからには、将来の仕事に役立てたいとは思っていましたが、最初はとにかく自信がなくて、自分のSNSアカウントを作るのにも迷うほどでした。でも、団体やPR塾で個人起業家さんや活躍する女性たちにたくさん会ったことで、自分自身も無理だと思っていたことに挑戦したいと思うようになりました。そこで、自分もママたちの役に立ちたいという思いに素直になって、団体で子育て講座の講師になって活動を開始しました。

そんな時に社長から「PRや集客を手伝ってくれる人が欲しいので、そちらで商品を作って起業しないか」と提案されました。私自身もトレーナーの方々の多くが集客に多くの時間を割かなくてはいけない現実を目の当たりにしていたので、「子育てについて教えることは他の人でもできるけど、PRができるのは私しかいないな」と思い、PRを教える講座とPR代行のサービスを自ら立ち上げました。いわばミニPR塾のようなものですね。

自身でPRについて教える講座を開く

―集客は順調でしたか?

PR塾とは別の講座で広告についても学んだので、その知識も生かしてPRと広告を掛け合わせた商品で展開するようにしました。広告の運用代行と、希望者にはPRのサービスもセットで提供することで、集客と収入が安定した感じです。思えば、これまで学ぶのは好きだけれどアウトプットをしてこなかったので、その部分の意識変化もPR塾で学んだことが大きいと感じています。

―クライアントさんは、子育て支援団体の関わりから探しているのですか?

今は主に、団体のPRと団体に所属するトレーナーさんたちの事業のPRを個別に引き受けています。全て口コミですが、手一杯で新規案件を受けられないぐらいにまでに案件数が増えています。PRのノウハウを持っているからこそ広告も生きてきますし、マーケティング思考についての理解が深まったことを評価していただいている部分が大きいと思います。

―素晴らしいですね。今後は組織化も考えているのでしょうか。

PR塾のSlackで呼びかけをして、手伝っていただいている方はいます。ただ、特殊な分野のPRですし、私自身の会社を大きくしていくという未来像が描けていないので、どうしようか迷っているところです。

―それは、嬉しい悩みですね。PR塾における学びで最も役立っているのはどんなことですか。

やはり考え方ではないでしょうか。物を売るというよりも「なぜそれをしているのか」「なぜそれをしたいか」と、本質的な部分を考える姿勢をインストールできたのは、PR塾で学んだお陰だと思います。

子育て最優先の働き方は譲れなかった

―本質を考えるという観点から、後藤さんがこれからやっていきたいことについて教えてください。

実は、流れに身を任せて現状にたどり着いた感じなので、そこが一番の課題なんです(笑)。ただ、子どもも大人も生きやすい社会にしたい、ママたちのサポートがしたいという想いはずっとあって、今も志を同じくするクライアントさんをサポートすることで実現に近づいています。

私自身のビジョンは今のところあまりはっきりとしていませんが、その理由を考えてみると、私の最優先事項が子育てであったことが大きいと思います。企業に再就職しなかったのは、3番目が上の子と同じ幼稚園に通いたがっていたので、その気持ちを尊重したいと思っていたし、私が共働きの両親のもとで育ち寂しかった気持ちがあったので、3人の子育てを中心にして、自由な働き方ができるという点を重視してきました。

その中でもしっかり収入を得たい気持ちがあり、現在は会社員時代の収入を超えることが出来ています。やっと自分の理想にたどり着けたところで、子育てのステージも変わるので次を考えるタイミングだとは思いますが、今は築いた土台をさらにしっかりさせていく時期なのかなとも考えています。

―何をして良いか分からなかった時期と比べると、悩みのレベルが高くなっている印象ですね。

ずっと自信はないのですが、小さなステップで実績を積み重ねてきて、振り返ってみると以前よりは段階が上がってきたのかなと思います。PR塾も起業の世界でも、自分を高めてくれる人との出会いに恵まれました。

―最後に、PR塾に入ってくる人たちにメッセージをお願いします。

もし迷っているなら、その時間が勿体ないので早く行動した方が良いです。あとは、その時に描いている「なりたい自分像」を叶えている人の話を聞いてほしいですね。行動していない人からは否定されるだけなので、行動して結果を出した人に話を聞いて、直感を信じて飛び込んでみてください。

入塾時に取るに足らないことで悩んでいた自分も、同じようにかつては専業主婦で、成果を上げた方に相談することで解消できました。福島にいる塾生仲間から、震災で発達障害の子たちが困っていたという話をヒントに、新たな企画を立てたこともあります。いろいろな業界やジャンルの人と触れ合える環境も視野が広がり、活動の幅は確実に広がりました。PR塾は率直な意見を言い合えるスタイルなので、悩みを他の塾生に相談した時もみなさん率直に意見を言ってくれるので、節目節目で助けてもらってきました。

―PR塾にいるメリットをさまざまな形で生かしたわけですね。他の塾生の参考になる貴重なお話、ありがとうございました。

※2024年6月取材時の情報です

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覚悟を持って入塾を即決。ヨガ講師・PRプロデューサーとして自分の可能性を広げる―野上洋子さん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-nogami-yoko/ Fri, 17 May 2024 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=5258 ヨガ講師として活動を続ける中、友人の話や私生活の変化などをきっかけにPR塾に入塾した野上洋子さん。最初の半年間はなかなか結果が出ずに苦しみましたが、メディア交流会をきっかけに次々に掲載を獲得するようになりました。また、P […]

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ヨガ講師として活動を続ける中、友人の話や私生活の変化などをきっかけにPR塾に入塾した野上洋子さん。最初の半年間はなかなか結果が出ずに苦しみましたが、メディア交流会をきっかけに次々に掲載を獲得するようになりました。また、PR塾のメンバーとチームで活動するうちに、自分の強みも発見できたと言います。入塾されるまでの経緯とその後に得た学び、そして今後の目標についてお話を伺いました。

PROFILE

ヨガ講師、PRプロデューサー。1973年生まれ。女性専門マンツーマンヨガ教室「yocoyoga」主催。女性が自身の事を大切にし、セルフメンテナンスが出来るよう活動を続けている。 企業向けのヨガでは、テレビ東京にてはるな愛さんにヨガ指導する講師として出演、松竹株式会社歌舞伎座屋上庭園でのヨガ、ハリウッド化粧品、クラブツーリズムコラボイベントヨガ、成人病予防協会、議員のヨガ推進連盟のヨガ講師担当、築地本願寺銀座サロン定期開催ヨガ担当講師。 誰でも出来る「生活に取り入れるヨガ」「歯磨きの様に習慣化するヨガ」を提唱している。

Instagram https://www.instagram.com/yocoyogalove

Facebook https://www.facebook.com/yoko.nogami.92

LinkedIn https://www.linkedin.com/in/yocoyoga/?utm_source=share&utm_campaign=share_via&utm_content=profile&utm_medium=ios_app

マタニティヨガに感動して講師の道へ

―ヨガ講師になる前は何をされていたのですか。

イラストレーターの活動をしている最中に妊娠したので、東京から名古屋に戻ることになったんです。そこで、以前から気になっていたマタニティヨガを名古屋の産院で経験したのがヨガとの出会いです。約19年前の話ですね。

―マタニティヨガをやってみた感想はいかがでしたか。

こんなに気持ちいいものが世の中にあるのかと感動してしまいました。週に2回のレッスンに毎回参加するほどハマってしまい、出産直前まで通っていました。その時の先生が素敵な方だったので、私もこんなふうになりたいと思い、その先生が卒業されたヨガ講師の養成学校に通うようになりました。

―そこまでハマってしまったマタニティヨガの良さとは、どんな部分なのでしょうか。

マタニティヨガは単に体が気持ち良くなるだけでなく、出産に向けた体づくりを行う中で妊娠や出産に関する知識も得られますし、出産時にも呼吸法が役立ったり、産後の体の回復も早くなったりと、様々なメリットがあります。それを体感できたので、出産を控えて不安な妊婦さんたちにもっと広めたいと考えました。

―資格を取った後はすぐに開講したのですか。

ヨガで体調が良くなったお陰かもしれませんが、受講期間中に2人目を妊娠してしまったんです。講師の資格は取りましたが、出産直後ですぐに仕事ができなかったので、ヨガ講師として本格的に始動したのは下の子どもが2歳になってからですね。名古屋の団体が開いているスクールに講師登録したり、クラスを自主開催したりしていました。

―生徒さんは口コミで集めていたのでしょうか。

当時書いていたアメブロを見て、来てくださる方が多かったですね。その後、名古屋から広島に引っ越したのですが、産後ヨガは地方にあまりなかったので、そこでもブログで発見していただくケースが結構ありました。

ヨガ講師として企業からの依頼も多い

モニター獲得に失敗、行動するも結果が出ず落ち込む

―PR塾についてはどうやって知ったのでしょうか。

2023年に離婚することになり、シングルマザーになって今のままでやっていけるのかという不安を抱いていた時期に、たまたまインスタグラムでPR塾の広告を見たんです。さらに、PRの仕事をしている友人から仕事の中身について聞いたのもあって、すごく楽しそうだなと興味が湧きました。よく考えたら、ヨガのワークショップで使っているオイルを生徒さんたちに広めたり、ヨガの素晴らしさに目覚めた生徒さんたちが講師養成スクールに通いだしたり、自分も無意識のうちにPRのようなことをやっていたので、もっと可能性が広がるのではないかと思いました。それらのタイミングがちょうど重なって、PR塾の相談会に参加してすぐに入塾を決めました。最初のカウンセリングを受けた際に、果たして本当に申し込んで良いものかと少し迷いましたが、「私、頑張れ!」と決意してすぐに申し込みました。

―入塾した印象はいかがでしたか。

最初は圧倒されましたね。Slackで他の人たちの成果報告などを見ていると、本当に自分もできるのかなと思いましたが、私には後がなかったし、覚悟を決めて入ったのでやるしかないと。それまで起業塾に入ったり、インスタグラムを勉強したり、メルマガも書いたりして、一通りのことはやってきたけれど、もっと可能性を広げたかった。自分のPRと共に、講座で使っているオイルについても広めるお手伝いがしたかったし、勝手にヨガ連盟のPRをしたいとも考えていました。

―結果はすぐに出ましたか。

まず、モニターさんが集まりませんでした。ヨガ講座で使っているオイルの担当者の方に話を持ち掛けたのですが、結果的に案件を獲得できず、すごく落ち込みました。それならまず自分のPRをやろうと、プレスリリースや企画書をつくって記者クラブへの投げ込みや個別アプローチをやりましたが、なかなか結果に結びつかず、LITAの方々にオンラインでよく相談に乗ってもらっていましたね。

メディア交流会に毎回参加、入塾半年後に初掲載を獲得する

―PRで初めて手応えを感じたのはいつ頃ですか。

入塾して約半年後に、メディア交流会で知り合った夕刊紙の記者さんから記事にしていただきました。それまでも、とにかくメディア交流会と本講義にはできるだけ出るようにしていて、特にメディア交流会には、たとえネタがなくても無理矢理ネタを作ってでも出るようにしていたんです。何度か交流会に参加しても手応えがなかったのですが、初めて記者さんに「面白いね」と言ってもらえたのがとても嬉しくて、交流会終了後すぐにメールしました。

―その後もメディア掲載を獲得していきましたよね。

数をたくさん打って当てる方もいますが、私の場合は「この人だ」と思ったらマメにアプローチするやり方が向いていると気付きました。その後、離婚調停の時にお世話になった団体の方の紹介でメディアの取材を受けることになった時は、ついでにPR塾の「お仕事情報掲示板」で獲得した出版PRのクライアントさんについて記者さんに話して、後日、読売新聞の生活面で紹介されることになりました。

―PR塾のコンテンツをフル活用していますね。

そうですね。1つ掲載を獲得したことで、いろいろなことが繋がっていった感じです。その後もメディア交流会で知り合った別の記者さんと、オンラインミーティングを行うなどしてコンタクトを続けています。私の場合、文面だけのやり取りより、電話や顔を見て直接話すコミュニケーションの方が得意だというのが分かってきました。

PRを学ぶことで自分の中の枠が外れた

―自分の強みが発見できたわけですね。

昔は書くほうが得意と思っていたのですが、出版PRでリリースを書いてみると、結構チームの仲間からダメ出しされて(笑)。それで書くのは他の方に任せて、人に会って突破していく役割を担当するようにしたら、結果が付いてくるようになりました。チーム内にはメンバーをまとめるのが得意な方もいるし、Amazonキャンペーンなどでこまめに動かれる方もいるし、PR塾のチーム力はハンパないなと感じています。

PR塾の仲間たちと協力して歯科医師のPRを手掛ける

―今後の目標について教えてください。

引き続き自分のヨガについて広めていくことと、PRプロデューサーとして仕事を獲得していくことです。特に健康経営に力を入れる企業に入り込んでいきたいと考えていて、ヨガ講師の養成講座に来てくださる生徒さんたちにも仕事が回せるぐらいになりたいと思います。あとは旅好きなので、世界のどこにいても全てオンラインで仕事ができるようになりたいですね。

―これから入塾される方たちにメッセージをお願いします。

私の場合はPR塾の1年間を通して、今までやってきたことがうまく整理できたと思っています。自分のやっていることはスモールビジネスだと思っていましたが、PRを知ることによって、その枠が外れた気がします。受講料などを考えると確かに気軽にできる投資ではないですが、入ったからにはやる覚悟を持つことが大事です。PR塾のバックアップ体制はすごいので、やる気さえあれば安心して進んでいけると思います。

PR塾で自分の強みを発見したと語る野上洋子さん

―PRを学んでさまざまな展望が見えてきたわけですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

※2024年4月取材当時の情報です。

 

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2週間でPRを学び、クライアントのために行動。手紙や電話など攻めのアプローチで新聞掲載を獲得。堂阪陽子さん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-dousaka-2/ Mon, 08 Jan 2024 03:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=5101 企業の人材教育やサービス品質向上のためのコンサルの仕事をされてきた堂阪陽子さん。コロナ禍で顧問契約打ち切りのピンチから、PR塾の受講を決意。クライアントに新たなサービスとしてメディアPRを提案されました。期間限定のチャン […]

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企業の人材教育やサービス品質向上のためのコンサルの仕事をされてきた堂阪陽子さん。コロナ禍で顧問契約打ち切りのピンチから、PR塾の受講を決意。クライアントに新たなサービスとしてメディアPRを提案されました。期間限定のチャンスから長期契約を獲得するなど、諦めない攻めの姿勢で仕事に向き合ってこられた堂阪さん。これまでの仕事とはまったく異なるキャリアのPRプロデューサーとして活躍中の堂阪さんにPR塾に入った経緯などをお聞きしました。

PROFILE

広報PRプロデューサー

大学卒業後、教育会社のコンファレンス・コーディネーターとして、企業向けの教育・研修における問題解決・企画提案営業に従事。退社後、大手外資保険会社のインバウンドコールセンター、建設業界のアウトバウンドコールセンター、大手シェアードのコールセンターにてコミュニケーターからディレクターまでを経験。その後、保険代理店企業に転職。自社コールセンターの立ち上げをはじめ、各種社員研修プログラム開発、従業員の相談窓口開設、独自の制度構築などにも携わる。2021年5月より、クライアントの認知・集客・売上拡大に繋げるべく、メディアPRを学び、現在はフリーのPRプロデューサーとして活動。

Facebook:https://www.facebook.com/yoko.dosaka.7

「できるわけない」と言われても、自分がやりたい!と思ったらやってみる

ー幼い頃はどんな性格のお子さんだったのですか?

周りからは「絶対できるわけないよ」と言われるようなことも、周りの目を気にせずやってしまうような子どもでした。自分の中で成功している自分が描けたら絶対いける!と考えていました。人と違うことをやってみたいという気持ちがすごく強かったですね。それは、社会人になってからも変わっていないと思います。

-大学卒業後はどのようなお仕事をされていたのですか?

教育会社に入って、そこで「コンファレンス・コーディネーター」として活動していました。色々な企業の研修や会議を効率良く効果的に行なえるようにコーディネートする仕事でした。ある時、上司に「絶対そんなことできるわけない」と言われたことを「できます!」と言って実行し、結果、全社表彰を受け、目標にしていたアメリカのコンファレンスセンター視察が実現しました。その後、2年連続表彰を受けたことで目標を達成し、やり切ったと感じていたため、あるタイミングで退職しました。

ー退職した後はどうされたのですか?

次にやりたい仕事がありました。それは、教育会社でコンファレンス・コーディネータとして、色々な業種の企業を担当していたのですが、その時、絶対見ることができない場所があったのです。それがコールセンターでした。経営状況は教えていただいても、機密情報が満載であるコールセンターだけは詳しく見せてもらえず、仕組みなど知る由もないという感じでした。
当時、これからはテレマーケティングの時代だと言われていたので、どうしても自分のキャリアにプラスして、コールセンターのスキルが欲しかったので、その後は、インバウンドのコールセンター、アウトバウンドのコールセンター、シェア―ドのコールセンター※の3社を経験しました。

※シェアードコールセンター:コミュニケーターや管理スタッフが複数の企業のコールセンターの業務を兼務するもの

コールセンターのノウハウを活用して、80名のコールセンターを一から立ち上げる

ーコールセンターのノウハウは次の仕事でどのように生かされたのですか?

その後、来店型保険ショップを経営している企業に行きました。そこで社長に「私、今までこういうことをやってきたのですが、使えるところがあったら使ってください」と面接の時に伝えたら、「自社コールセンターを作るのが夢だったんです。2か月でコールセンターを作ってもらえますか?」と言われました。

そこから入社して、何にもない状況から立ち上げて、80名のコールセンターのセンター長になりました。コールセンターのノウハウは私しか持っていない中で、採用、セッティング、教育の仕組みを作り、規模も拡大させていきました。

当時は、睡眠時間がほとんどなく、1年間その状態で過ごしていたら、重度の頸椎の椎間板ヘルニアになってしまいました。即日休職し、一年半の休職期間に3回手術をすることになりました。最初の3か月は、90度で座って寝るしかない状態で、ちょっとでも動いたら激痛が襲い、パソコンも打てない、本も読めない状態でした。

でも、80名のスタッフもいますし、途中で放り投げられず、社長との約束が1年ということもあったので、どうしても踏ん張るしかなかったのです。

ー1年半の休職期間中、これまでの生き方と真逆の過ごし方をされて、気持ちの変化はありましたか?

最初は何で自分がこんなことに、このタイミングで…?と思いました。だけど、人生において、自分に襲ってくるものに無意味なものはないと思うんです。その一年半で気付かされた事とか、学んだことがたくさんありました。本当に仕事オンリーの生活になっていて、四季の移り変わりを感じることもなくなっていたことに気が付きました。そこに目を向ける時間がなかったんですよね。

他には、リハビリでプールに通っていたのですが、そこで出会った人生の先輩から、たくさん学ぶことがありました。この時間があったからこそ、今のわたしがあると思います。

その時に、自分の体が元気であることはもちろん、自分だけではなく、自分の大切な人に使える時間を残しておかなくては、と思いました。

新しく契約できた仕事もコロナの拡大で、規模が縮小。契約打ち切りの危機

仕事に復帰してしばらく経ってから、同じ社長が経営する別の会社に2019年の6月から移籍しました。将来的には、やりたい事を見つけて独立したらいいよねとスタートした会社だったのですが、あることをきっかけに、会社の経営状況が悪くなってしまい、自分たちで利益に繋がる仕事をしなければならない状況に陥ってしまいました。

私は元々専門が教育や品質だったので、以前からお話をいただいていた神戸の中小企業の経営者さんに、教育と品質の向上のサポートをご提案したところ、2020年の1月1日から顧問契約が決まりました。一年間よろしくお願いします、とスタートした後にコロナが流行し始めました。

当初は、すぐ収束するだろうと思われていたので、どんどんプログラムの開発を行なっていました。しかし、コロナの影響が拡大していき、もう研修どころではないという状態になってしまいました。
それでも4月には新卒の入社があるので、15センチの厚さのある30日間の研修プログラムの資料を作って準備をしていました。その後、大量の退職者が出たり、コロナの影響もあり、30日の研修が1週間に、そして最後には4日になりました。

このままだとクライアントのお役に立つことができない、そのうち顧問契約も終了になるかもと感じました。

PRでクライアントをサポートできると確信し、すぐに行動に移す

ー㏚塾に入ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

このまま何もできずに終わりたくないと思っていた時に、たまたま神戸新聞に掲載された美容院の記事を見つけました。コロナ禍でも、独自で開発したフェイスプロテクターをつければ、コロナの感染を怖がることなく、カットできますよ、という内容でした。それを見たときにクライアントさんをどうやって新聞に載せるの?と思ったんです。

クライアントさんを、新聞に載せるというサポートの仕方もあるのかな?どうするんだろうと気になっていたときに、InstagramでPR塾の広告が目に入ってきたんです。メディア露出する方法があるんだ「これだ!」って思いました。

ー今までと全く違うキャリアですが、抵抗はありませんでしたか?

抵抗よりも、何とかしなきゃという思いが先でした。何とか出来る方法があるのだったらやりたい!すぐにPR塾に入ることを決めました。まだ会社員だったので、社長に、㏚塾の入塾費用は自分が出すので、これを私の業務として認めてくださいと相談をしました。最初、社長も半信半疑で「そんなのできるの?」という感じでしたが結果、認めてくれました。

ー㏚塾で学ばれてどうでしたか?

PR塾に入ってビックリしたのは、学びのシステムでした。もともと教育関係の会社にいたことで、色々なプログラム開発を知っていたので、このシステムは凄い!と思いました。

㏚塾生のバックグラウンドが異なる中で、誰もが自分の時間の中で、自由に学べる仕組みになっているところ、OJT式という名前の通り、実践しながらスキルを身につけて、そして実績を出せる仕組みが整っていること、他に見たことがないぐらい素晴らしいものでした。

クライアントに提案するために2週間でPR塾のメソッドを叩き込む

ー2週間でクライアントとの契約が終了というところで、どういう風にPR塾を活用されたのでしょうか?

研修を依頼していただいていたクライアントとの顧問契約は、新卒の研修が終わるタイミングで終了する可能性があると思っていました。入塾したのが4月1日、研修は16日までだったので、時間は残り2週間。その間にPRのスキルを手に入れて、提案したいと考えていました。2週間の間にPR塾が用意している何十本もの動画を全部最後まで見ました。朝から晩までずっと動画を見て、送られてきたテキストとあわせて、自分なりに考えたプレスリリースと、企業紹介資料を形にしました。

4月16日の研修の日を迎え、当日私から「実は㏚を学んでいて、PRをすることでこういう未来があります。私も見たことない景色なんですけど、社長、一緒にその未来を見ませんか?」とご提案をしたのです。そしたら「堂阪さんが言う景色を見て見たいな僕も」と言ってくださいました。

「堂阪さんなら、きっとできるとは思うけど、学びながら㏚のサポートをするということに、幹部が納得するかどうかどうかわからないので線引きをさせて欲しい」と言われました。そして「6月末までに何らかの道筋が見えたら、契約は約束通り年末まで続行しましょう。もし、その道筋が見えなかったら6月末で契約終了ということでどうですか?」と最後のチャンスをいただいたのです。

顧問契約最終日の翌日に新聞社から1本の電話。そこから契約更新へ

そこからは必死でした。㏚塾の講義では、一言一句、聞き逃すものかと思って参加していました。当時は本当にプレッシャーとストレスで潰れそうな気持ちだったんですが、それよりも、何とか道を切り拓かなきゃと思っていました。

何度も動画を見てメディアPRの準備をしていました。けれどクライアントから情報が上がってこなくて。そうこうしているうちに、契約終了の6月に入ってしまいました。結局何もできないまま時間が過ぎ、気が付いたら6月中旬。

その後、自分から企画提案をして、この内容で行きましょうとOKをもらえたのが、契約終了期日の二週間前でした。そこからプレスリリースをつくって、すぐに記者クラブをまわりました。記者クラブで記者さんにプレゼンをしたり、フォローの電話をしたり、もう必死でした。6月30日の期日まで個別アプローチをしたり、お手紙も書いたりしました。だけど、どこからも連絡がありませんでした。

7月1日にクライアントと会う約束をしていたので、朝、クライアントの会社に行くために車の運転をしていたら、1本の電話が入りました。電話は地元の新聞社の記者さんからでした。「手紙を読んで感動しました、取材させてください」という内容でした。

社長とは10時のアポだったのですが、移動中の車の中で掛かってきた電話で、本当にギリギリでした。会社に着いて「社長、地元の新聞社さんから、取材入りました!」とお伝えすることができて、約束通り年末まで契約を続行できることになりました。

神戸新聞に掲載された当日にWEB版の神戸新聞NEXTの表紙に。その後、Yahoo!ニュースにも転載された。

大切な人のために自分の時間を使いたい。PRプロデューサーとして独立

ー㏚プロデューサーとして活動されて今はどうですか?

㏚塾で一緒に学んだ仲間の存在が私にとってものすごく大きいと思います。全力で応援してくれたり、情報をくれたり、本当に精神的に支えてもらってきました。

仕事をしていると、孤独になったり、不安になったりすることもありますが、そんな時に、㏚塾の仲間が、色々な意味で私を助けてくれています。情報も、モチベーションも、精神面でもスキルアップ面でも、すごく高めあえています。

2022年11月には、㏚に集中して、どんどん自分の経験値も上げていきたい、実績も上げたいという思いがあったので独立をしました。

独立をした理由は、この先何かあったときに会社員でいられるか分からないと思ったこと。私自身健康を害したこともあるし、家族のことなど何があるかわらない。50代くらいになると、介護などで仕事を辞めざるを得ないこともあります。独立することで、自分の時間の優先順位を自分で決めて、大切な人のために使うことができる。これが大きかったと思います。

2022年3月10日、PR塾最後のアウトプット練習会の写真

ー㏚プロデューサーとして仕事をする中で、やりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?

これまで縁のなかったメディアの世界を通して、見たことのない景色を見ることができたこと。あとは、㏚でサポートしている人たちの笑顔を見たときに、もうこの上ないやりがいを感じます。

この年齢でも進化できる、という自分に対する期待みたいなものがあります。まだまだ進んでいこうって気持ちになれますよね。

自分の時間の使い方は自分で決める。年齢関係なくチャレンジできるPRのスキル

ー第二の人生、キャリアを悩まれている方にメッセージをお願いします

今の年齢で考えると、やっぱり同年代の昔の仲間だったり先輩だったり、人生の分岐点で、親の介護で仕事を辞めてしまったり、好きな仕事を辞めてしまったり、何かを諦めている人たちがすごく多いんです。

仕事は本当はしたいけど、両立できないから、仕方なく介護とか家の方に入る。どっちか選択しなければいけないという所に立たされる人たちがすごく多いのが、今の現実だと思います。私も同じように不安を抱えていたことがありました。

㏚塾で学ぶことは、特別なスキルや才能がないとできないことではないので、本当にコツコツとやり続けられるのであれば、身につけて、誰もが挑戦できるスキルを習得できると思います。
私が実際に歩んでみて、50代から全く別世界でしたけど、この㏚なら転身できると思いました。そして転身することで、自分の人生を諦めずに、可能性が広がったと実感しています。

堂阪陽子さん

ー堂阪さんの経験は、PRプロデューサーとして頑張っている人、セカンドキャリアに悩んでいる人、沢山の方の背中を押すことができると思います。貴重なお話をありがとうございました。

 ※2023年11月取材当時の情報です。

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Webメディアへの「マイストーリー」寄稿で全国や海外から講座の申し込み殺到。悩み多き40代女性に寄り添う-長岡まりさん https://pr-professional.jp/column/https-pr-professional-jp-column-ojt-interview-nagaoka-mari-2/ Mon, 16 Oct 2023 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=4557 悩み多き40代女性の生き方を支援しようと、65歳で会社を設立された長岡まりさん。ご自身の周りの女性にサービスは好評だったものの、もっと幅広く多くの女性に届けたいとPR塾に入塾されました。メディア交流会での縁がきっかけで、 […]

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悩み多き40代女性の生き方を支援しようと、65歳で会社を設立された長岡まりさん。ご自身の周りの女性にサービスは好評だったものの、もっと幅広く多くの女性に届けたいとPR塾に入塾されました。メディア交流会での縁がきっかけで、全国や海外から講座の申し込みが殺到するようになった経緯と、これから目指す未来についてうかがいました。

■Profile
株式会社 イトグチ 代表取締役
会社のミッションは「絡まった糸のイトグチを解し、新しい関係を紡ぐお手伝いをする」。
事業内容:婚活支援セミナー講師・企業研修講師・人生の踊り場に立つ40代女性を「40代から始める人生再設計講座」と1on1セッション「トコトン・ダイアロ」を通じて支援している。

■SNS

アメブロ:https://ameblo.jp/mother-mari-0228/                

「トコトン・ダイアログセッションHP」:https://itoguchi.hp.peraichi.com

メディアの効果は以前から実感。講座の認知拡大のためにPRを体系的に学ぼうと入塾

-PRはどんなイメージでしたか?

PRってやはり効果があるというか、すごく広がる力が強いなというのは以前から思っていました。なぜかというと、40代の頃ワインのレストランをやっていて、当時地方では珍しいコンセプトのお店だったので、取材をしていただいたことがあったんですね。
地方のテレビ局の夕方の番組で紹介されると、すごくお客様が増えたり、全然知らないところからお店を探して来てくださったりということがあったので、メディアの効果ってすごいなというのは、自分の中にありました。

ワインレストラン時代のご様子

―PR塾に入塾した理由を教えてください。

私がこの3年くらい提供している、40代女性向けのサービスがあって。自分の周りでは少し広がって、評判も良かったのですが、これ以上広がりがないなと思うようになっていたんです。いいサービスだと自信を持っていたのでもっと広げたいと思った時に、メディアの力で広げられないかなと思い、たまたま笹木郁乃さん(PR塾代表)の「0円PR」という本を読んで、「これだ!」と思ったので入塾しました。メディアの効果は分かっていたつもりだったのですが、自分がそれを実際やるとなると、やはり体系的にちゃんと学ぶことが必要と感じて、迷わず飛び込みましたね。

-実際に入ってみてどんな変化が出たか教えてください。

たまたま、メディア交流会にゲストでいらしていたWebメディアの方に、メールを送ってみようかなと思ったのが卒業間際の12月でした。その時に送ったのは「新しい講座をやるので紹介してください」っていう内容のプレスリリースだったんですが、そこに参考資料という形で、なぜ私がこれをやるのかという詳細を書いた「私のストーリー」を付けたんですね。

そうしたら本当に予想外だったのですが、添付資料のストーリーに興味がありますと言っていただいて。このストーリーを文章として記事を書きませんか?と、お声がけいただきました。

Webメディアへの寄稿で、怖くなるほど講座への申し込みが殺到

-寄稿した後に何か変化はおきましたか?

6000文字ぐらいの文章にしてくださいって言われて、はじめは「え、そんなに書けるかしら」と思ったんですが、実際には13000文字ぐらい書けたんです。それで、「こんなに書いちゃいました」って言ったら、「じゃあ前半と後半と2つに分けましょう」って言っていただいて。しかもWebの記事に載せるだけじゃなくて、Yahoo!ニュースにも転載されますって言われたんですね。Yahoo!ニュースって自分も結構見ているので、そこに載るなんてびっくりしました。
ただその時に「Yahoo!ニュースに載ると、反響が大きいのでびっくりしないでくださいね」って言われて。正直ピンと来ていなかったのですが、実際にYahooニュースに載せていただいたらその後ものすごい反響で。記事の最後に自分のサービスのお申し込みURLを貼っていただいたんですが、そこからお申し込みが途切れなくて。記事掲載から1週間ほどで、60人くらいの申し込みがワーッと入ってきました。
それまではひと月で5人とか10人とかだったので、途切れなく申し込みが来る状態に、「どうしよう」って、ある意味恐くなるほどでした。

-メディアの力を改めて感じたんですね。

そうですね。やはりメディアの力ってすごいなっていうのを改めて感じたのと、今までとは違う、顔も名前も全く知らない方が興味を持って申し込んでくださったことに驚きました。
日本全国だけでなく、カリフォルニアですとか、スイスに住んでいますとか、海外の方もいらして、本当にメディアの拡散力は、私の想像していたもの以上だなと思いました。

-ご自身が描いていた未来に近づいていますか?

はい。「世の中の役に立ちたい」と思って、自分のサービスを提供しているので、そのためにはやはりたくさんの方に知って、活用していただくことが欠かせません。そういう意味では、この経験はとても未来につながっていますし、全く知らない私の記事を読んで「この人だったら話してみたい」「この人に相談してみたい」と思っていただいたことがすごくありがたいと思います。こうして繋がってくださった方たちの信頼を裏切ってはいけない、その方たちと丁寧に繋がっていこうと、より深く感じるようになりました。

講座の様子

-ご自身にとって、PR塾の何が一番良かったと思いますか?

PR塾を運営する姿勢とか、あり方がとてもいいなと思いました。上下関係を作らず、一緒に学ぶ仲間だよということで、講師も塾生もニックネームで呼び合ったり、最初はZoomの名前に入塾の期を入れていたんですが、何期か記入することで先輩後輩のような遠慮が出たりするからと、期の表記をやめましょう、って途中からなったり。そこまで徹底するんだと感心しました。
これまで色んな場所で学んできましたが、「一緒に学ぶ仲間としてやっていこう」という姿勢は、なかなか他ではなくて。とても素晴らしいと思いました。

また、学ぶ人たちを本当に本気で応援したいという思いですね。例えば添削も、添削するからとにかく出してくださいというのではなく、講義をちゃんと生かしてほしいから、そこに対してもサポートはいくらでもしますよ、というスタンスなのも今までは経験したことがありませんでした。

あと、もうひとつ。「印刷された紙のテキストがある」ということに驚きました。今、オンライン上に動画も資料もあるので、学んでくださいね、というのが当たり前だと思っていたんです。でも印刷したテキストが送られてきて、さらにと途中でリニューアルされたら、そのバージョンアップしたリニューアル版も送られてきて。多分費用はすごくかかると思うんですが、「学んでる人たちが卒業した後もそれを活用して学び続けられる環境を作ってあげたい」っていう思いがあるから送ってくださるんだ…本当に素晴らしいなと思いました。

-PR塾のコミュニティで得られたものがあれば教えてください

恐らく最年長かそれに近いと思うので、皆さん子どもくらいかそれより若い方も多いと思うんですね。でも、年齢差を一切感じさせないで、仲間としてお互いみんなで切磋琢磨しています。だから私が何かをコメントしても、年上だから義理で「いいですね」って言っておくというような反応ではなく、「それすごくいいから、今度ぜひ取り入れます」みたいな、場の空気感がすごく居心地が良いですね。

PR塾の仲間と

PRは未来につながるスキル。PRを仕事にするという選択肢があることも伝えていきたい

-PRとは、どんなスキルだと思われますか?

世の中には価値のあるものがたくさんあると思うんですが、それを世の中に広く知っていただくのはなかなか難しくて。特に、個人や中小企業は、あまり広告宣伝費をかけられないじゃないですか?か
でもPRを活用することで、お金をかけなくても知っていただくことができるというのは、とても“未来につながる”スキルだなと思っています。

-これから挑戦したいことはありますか?

自分もすごく大変だった記憶がある“40代”は、人生の踊り場みたいなところで悩んでいる方が多い世代だと思います。そういう方たちに、正しい情報をお伝えしたり、相談に乗ったり、サポートしたりしているのが、今のサービスなのですが、その中で「今までと違う仕事をしたい。でもどうすればいいか分からない」という方も結構多いんですよね。

私自身がPR塾で学んでみて「PRを仕事にするというのもありだな」って思えたので、迷っている人にPRの魅力や、PRを仕事にするという選択肢もあることを伝えられたら面白いなって、思っているところです。

-ありがとうございます。では最後に、どのような人に OJT式PR塾をおすすめしたいですか?

先ほどもお話ししましたが、私自分がサポートしている40代の女性たちの中にも「こんな仕事があるよ」というようなことを伝えているんですね。そうすると「それは知らなかった。面白そう。仕事にしたい」という方もいるので、そういう方たちにぜひ伝えたいです。
あとはやはり、私みたいに自分のサービスを持っているんだけど、なかなか伝わりきれていない、自分のサービスをもっと世の中に広げたいと思っている方にも、ものすごく役に立つと思います。

-貴重なお話を聴かせていただき、ありがとうございました。まりさんのサポートされた女性の中から、PRパーソンが誕生する日を楽しみにしております。

※2023年6月26日取材当時の情報です。

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3人の育児とサロン経営を両立させたノウハウまで伝える独自のネイルスクールを必要な方に届けたいと入塾。「社会性」の言語化と仲間づくりで、3件のラジオ出演などメディア掲載多数獲得―ネイルサロン代表 ETSUさん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-etsu/ Mon, 28 Aug 2023 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=4389 神奈川県茅ケ崎市でネイルサロンを経営されている、PR塾VIPメンバーのETSUさん。3人の育児とサロン経営を両立してきたノウハウまで伝えるネイルスクール開講にあたり、必要な方にその情報を届ける方法を模索していました。現在 […]

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神奈川県茅ケ崎市でネイルサロンを経営されている、PR塾VIPメンバーのETSUさん。3人の育児とサロン経営を両立してきたノウハウまで伝えるネイルスクール開講にあたり、必要な方にその情報を届ける方法を模索していました。現在はラジオ出演や雑誌、Webメディアなどの掲載を獲得し、イベントのオファーを受けるなど活動の幅も広がったというETSUさんに、PR塾の活用方法やご自身の変化についてお聞きしました。

◆Profile

大学卒業後、ネイルスクール講師・ネイルサロン店長勤務を経験し、第一子が1歳の時“新天地・顧客ゼロ”でネイルサロン&スクールを開業。今年で15年目。3人育児とサロン経営を両立する過程で女性がプライベートを犠牲にすることのない幸せなサロンづくりを追求、メソッドとして体系化。現在は自分も家族もお客様も笑顔にしたいと頑張る個人サロンオーナーの育成講座にも力を注ぎ、幸せなサロンが増えることで、一人でも多くの笑顔の女性を増やしたいという想いで活動している。

HP:https://mataharise.com/

Instagram(スクール):https://www.instagram.com/mataharise_nail_school/

Instagram(サロン):https://www.instagram.com/mataharise_nail/

軌道に乗ったサロン経営のノウハウを、必要な方に届けたい

-これまでの経歴と現在のお仕事を教えていただけますか?

大学を卒業してからずっと、ネイルの仕事をしています。独身時代6年くらいは都内のネイルサロンに勤務していて、店長やネイルスクールの講師、その会社が関わっている美容専門学校の講師なども経験しました。

でも、もともといつかは独立しようと思っていたんです。というのも、「学業を頑張りなさい」という家庭に育ったにも関わらず、敷かれたレールの上を進んでいく人生に希望が持てなくて反発。興味があった美容系の仕事を志してネイルを選んだので、ネイルの道で成功して立派に稼げるようになりたいと思っていました。

結婚して茅ケ崎に住み始めたのですが、産後も同じ働き方を続けるのは難しいなと思い退職。一人目の子どもの出産を経た時に、たまたま家の近くに、サロンをオープンするのに都合の良い物件が見つかりました。子どもはまだ1歳前だし、顧客もいない、知り合いも少ない土地で不安もありましたが、「いつかは独立したい」という想いを抱いていたこともあり、夫にも背中を押され、いざ開業に踏み切りました。

―目標にしていた独立が叶ったのですね。

その頃はネイルサロンはまだ少なくて、ありがたいことに美容系のフリーペーパーに広告を出せば、集客はできる状態でした。でも、オープンしてすぐに2人目の子どもを妊娠したので、出産で集客はできてもさばけない状態になったり、その後ライバルが増えたり、東日本大震災で計画停電の影響を受けたりと、ワンオペ育児とサロン経営の両立、そして限られた時間内でのスタッフ育成にも苦戦し、上手く行かない時期もありました。

転機となったのは約9年前。フリーペーパーに広告を出すのをやめました。そこから今まで、広告費もかけずにリピーターさまやご紹介だけで予約が埋まり満席が続くようになりました。先日顧客様の継続利用年数を計算してみたら平均8.98年。実は平均客単価は全国平均に比べてだいぶ高単価ではあるのですが、どんなに近隣に競合サロンが増えてもありがたいことに変わらず長年継続で利用していただけるんです。7年前に第3子を妊娠した時も、コロナ禍でも客離れはなく、売り上げにもほとんど影響がありませんでした。

―それはすごいですね。サロン経営は順調のようですが、なぜPR塾に興味を持たれたのでしょうか?

最近、お母さんが子育てしながら自宅サロンを開業するケースも多いのですが、集客の方法が分からない、リピートにつながらないと困っている方も多いと聞きました。確かに、検定試験に合格するまでの技術を教えるスクールは多いのですが、その先のサロン経営も教えられる講師はあまりいません。そこで、皆さんが知りたいと思っている「限られた時間で売り上げを上げる方法」までお伝えする講座を立ち上げました。

(ネイルスクールの様子)

でも、生徒さんは主に近くの方ばかり。もっとたくさんいるであろう、本当に必要としている方々に伝えたいと、苦手だったパソコンを学び、オンライン講座を構築しましたが、オンライン講座の競争率はすでに高くなっていました。SNSや広告だけでは先々限界があるなと思っていた時に、たまたま友人の紹介でPR塾を知ったんです。

初めは自身のビジネスにどう活かせるものなのか全く見当がつかなかったのですが、無料の動画を観ていくうちに、PR塾自体の集客がすごいなと思って。圧倒的な差別化のためには、メディアPRに可能性があるのではないかと感じました。

オンラインに参入するにあたり、起業塾にも行きましたし、広告にお金をかけるなら、自己投資にお金をかけた方がよほど未来に繋がると思っていたんです。「PRは今後絶対学ぶべきスキルに違いない」という想いと裏腹に、「本当に自分に必要?」という葛藤や不安はありましたが、入塾を決めました。

-なるほど、ネイルスクールを必要な方に届けたいという思いがあったのですね。実際に入塾しての第一印象はいかがでしたか?

先ほどお話した通り、ここで自身が何を学び、どのように活用し、どう変われるか不安があった上、ちょうど業務が忙しい時期だったにも関わらず、勢いで飛び込んでしまった という経緯があったので、最初の3カ月くらいは、この環境をどう使ったらいいのか、良く分からないまま時が流れてしまいまったのが正直なところでした。コンテンツは分かりやすいのですが、自分のPRにどう活かせば良いのか分からなかったんです。

「1年間あるからきっと大丈夫」と思いながらも、子育てしながら日々の仕事に学び…と、目まぐるしく過ぎ去る日々に焦りを感じつつ、動けない自分がいました。

そんな中、Slackの成果報告で知ったラジオ番組にアプローチしようと思いつつ動けないまま温めていたら、放送が終了してしまうことを知りました。その時「後でやろう」ではダメだと気づいて、そこから「今できること」に食らいつくようになりました。

メディア掲載だけでなく仲間を得たこともPR塾の成果

―ETSUさんは積極的に動かれているイメージがありましたが、それはスイッチが入った後でしたか。実際に動き出して成果は得られましたか?

ラジオ出演、雑誌、Webメディアへの掲載など複数のメディアに取り上げていただきました。また、ライターさんのご縁で展示会にお招きいただいたり、ワークショップイベントなどのお話もいただいています。

実は、この成果はほとんどPR塾で出会った仲間のつながりがあって実現しているもので、動いたものはほぼ全て結果につながっているというありがたい状態なんです。私にとっては仲間を得られたこともPR塾で学んだ大きな成果だと思っています。

(ネイル雑誌撮影風景)

―その成果を得るために、意識されたことがあれば教えてください。

忙しい時期と重なっていましたが、時間の合う限り、本講義やアウトプット練習会など講義やイベントにはリアリタイムで参加しました。また、SNSでもなるべく他の塾生と関わって、「幽霊部員」にならないようにしていました。

メディア交流会のプレゼンにも他の時間を削ってでもできる限り参加して、メディアに合わせた切り口を考える経験ができたことや、Slackで成果報告からヒントや勇気をいただいたことも、とても役に立っています。また、フル活用したのが個別コンサルです。その時その時で必要なことを、そのまま相談していました。Slackで質問できるのもありがたいですが、個別コンサルはその場で自分だけの返答をいただけるのは大きいですよね。

例えば、伊藤さん(LITA PR代行の伊藤誉英)に「私をPRするならどういうシャンパンタワーのルートをつくりますか?」と相談して、「社会性を打ち出すと良いので、高齢者施設でボランティアするなどの切り口はどうか」という答えをいただく。そしたら今度は、相談会でふじともさん(PR塾講師の藤田智子)に「ボランティアの受け入れ先を探すために行政に出す資料はどういうポイントで書けばいいですか?」と相談するといった感じです。

これで実際に市役所に問い合わせをしたら、担当の方がわざわざサロンまで施設の一覧などの資料を届けてくださったんですよ。まだ具体的な話までは進んでいませんが、今後につなげたいと思います。

―お忙しい中、講義やイベントにも仲間づくりにも、積極的に参加されたことが結果につながっているのですね。PR塾で学んで、ご自身が「変化したな」と思う事はありますか?

売り上げへの影響は正直まだ分からないのですが、自分の打ち出し方が変わりました。意識として「自分のビジネスを売り込む」のではなく「世の中の人の役に立つのでこの活動をしたい」という方向で発信することの大切さは、マーケティング目線でも大切だと認識していましたが、改めて腹落ちしたという実感はあります。

また、身近な仲間が新聞やテレビに載る姿・過程を見ることで、別世界のことではなく、自分にも可能性があるという認識を持てるようになりました。一年前はラジオに出ている自分なんて想像できませんでした。

また、企画書やプレスリリースなどの資料を作成する過程で、自分の仕事の「社会性」など技術以外の部分を言語化できたことで思考も整理されました。結果として台本のないラジオでの質問などにも、スムーズに受け答えができるようになりましたし、かながわSDGsパートナー企業にも登録することができました。同業で登録している企業はまだほとんどなかったのですが、この情報もPR塾の仲間から得たものです。

(ラジオ収録の様子)

ネイルへの偏った印象をなくして、ひとりでも多くの方の笑顔を増やしたい

-今後の夢や目標をお聞かせいただけますか?

ネイルを通して一人でも多くの方の笑顔を増やしたいというのが夢です。

ネイルは一部の人が楽しむものではありません。年齢も性別も問わず、爪が整うだけでどんなに心が整うかを知ってもらって、笑顔になってほしいと思っています。そして、そんなネイルの仕事を素敵だと思って技術は身につけたのに、経営が分からずに悩んでいる人も笑顔にしたいと思っています。

ネイルアーティストとして活躍してみたいという思いもあるけれど、まずはネイルに対する偏った印象をなくしたいですね。

-最後に、入塾を迷っている方にひとことメッセージをお願いします。

PR塾は学ぶコンテンツも盛りだくさんですが、それだけでなく同じ目線で学ぶ志の高い仲間に出会う価値が、ほかのどの塾よりもはるかに大きくあるように感じています。

さまざまな異業種の方と出会えることは刺激になりますし、学びの幅も広く、これまでのキャリアやスキルとPR塾での学びを掛け合わせることで、期待値を超える自分になれる可能性を秘めている環境だと思います。迷っていたら一旦飛び込んでほしい。チャレンジして動けば、人生変わると思います。

―貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

※2023年6月21日取材当時の情報です。

The post 3人の育児とサロン経営を両立させたノウハウまで伝える独自のネイルスクールを必要な方に届けたいと入塾。「社会性」の言語化と仲間づくりで、3件のラジオ出演などメディア掲載多数獲得―ネイルサロン代表 ETSUさん first appeared on PRプロフェッショナル協会.

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地域の人だけでなくもっと多くの女性に「体を整える」ことの大切さを知ってほしい。地道な“種まき作戦”で「専門家」としてメディア掲載多数獲得-原奈都美さん https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-hara-natsumi/ Mon, 24 Jul 2023 00:00:00 +0000 https://pr-professional.jp/?post_type=column&p=4362 山梨で「岩盤浴ヨガ」のスタジオを主宰している原奈都美さんは、「体を整えること」の大切さをより多くの女性に伝えるために、もっと広く認知されたい、影響力を付けたいとの思いでPR塾に入塾されました。徹底した作戦と地道な努力で、 […]

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山梨で「岩盤浴ヨガ」のスタジオを主宰している原奈都美さんは、「体を整えること」の大切さをより多くの女性に伝えるために、もっと広く認知されたい、影響力を付けたいとの思いでPR塾に入塾されました。徹底した作戦と地道な努力で、メディア掲載を次々獲得され、「専門家」としての地位を自ら引き寄せた原さんが、どのようにPR塾での学びを活用し、実践されたのか、お話をうかがいました。

■Profile

・COLOR ME YOGA (全米ヨガアライアンス認定スクール)代表

・YOGAプロフェッショナルアカデミー主宰

・「はっちゃける」ことをテーマに「動く」ことに特化した BEAT YOGA®︎ を開発(オンライン)

体の不調を解決することは、その先にある夢や目標を叶えていくことです。努力でも才能でもなく、全ては「体調」で決まります。『血流改善』に特化した環境やヨガプログラムを提供しています。

HP:https://www.color-me-yoga.com

Facebook:https://www.facebook.com/natsumi.hara007

Instagram:https://www.instagram.com/_natsumi888

―現在のお仕事について教えてください。

地元山梨県で女性専用「岩盤浴ヨガスタジオ」の運営と、ヨガインストラクター養成講座の運営をしています。企業や学校などへの出張セミナーも行い、山梨大学の非常勤講師も務めています。

―ヨガのお仕事をされているのですね。ヨガを始めたきっかけは?

ヨガは12歳からやっているのですが、実は仕事にしたいと思っていたわけではありません。ずっとプロのバレーボール選手を目指していました。高校も全日本選手を何人も輩出している監督がいる全寮制の高校に通っていたのですが、朝5時から夜中3時くらいまで練習する生活が過酷すぎて、高校2年生で体調を崩してしまいました。

極度の低体温、生理も止まり、皮膚も湿疹やただれがひどく、高校卒業を前に命の危険を感じてプロへの道を断念。受験勉強は全くしていませんでしたが大学への進学を決め、ひと月ぐらい死に物狂いで勉強して、大学に進学しました。自分の体を整えたいと栄養学を学びましたが、4年間では元には戻りませんでした。

卒業後は、それまで狭いスポーツの世界しか知らなかったので、人として成長するためにも海外に出ようと、カナダのバンクーバーに留学しました。この地域は寒くてホットヨガが盛んだったので、私もスタジオに通い始めました。暖かい中で行うヨガは、本当に気持ちのいい汗が出ます。スポーツをしていた時の緊張感や圧迫感、プレッシャーでかく汗とは全然違うんです。毎日のように通ったら、体力がついて、体温が上がり、体調も良くなって、生理も少しずつ回復していきました。

―ホットヨガが回復のきっかけになったのですね。

はい、そうなんです。「これはすごいな!もっとカナダでの生活を続けよう」と思って、ビザ更新のために日本に帰国したら、ものすごく元気で活動的だった母が、体調不良で動けなくなっていました。更年期が原因だったのですが、当時はまだ今ほど「更年期」という言葉も浸透していなかったので、どうすれば良いか分からず、1年くらいはカナダに戻らずに様子を見ようと決めました。カナダに戻らないなら日本で仕事をしようと、ヨガスタジオのオーディションをたまたま受けたら、講師や運営を任されることになりました。

レッスンをしているうちに「私のクラスで、母も一緒に体を伸ばしたりほぐしたりしたらどうだろう?」と思いついて。母を招いて一緒にヨガをやり始めたら、体調がどんどん良くなっていったんです。その姿を見て「こういう女性がたくさんいるのでは?」と思いました。そこからカナダで私を救ってくれたホットヨガができる施設、しかも電磁波の影響を受けるヒーターではなく、日本に昔からある「岩盤浴」で体を温めるヨガスタジオを作るところへつながりました。

(ヨガの様子)

もっと多くの女性の役に立ちたい。でも地方では広告を出すのは人目が気になる。口コミで評判を広げたかった。

―そこからPR塾に興味を持たれたのはどうしてですか?

初めは地域の皆さんに貢献できればいいという思いで始めたのですが、コロナ禍をきっかけに「もっと多くの女性に対して何か貢献できないだろうか」という思いが強くなりました。人類の歴史の中で、女性の体は「闘うこと」ではなく、「守ること」に重きをおいてきているので、闘う事には慣れていません。でも今、世の中の女性は社会で活躍して肉体も酷使しているからこそ、私や母のようにケアが必要だと思うんです。

また、「オンライン」が広がる中で、実店舗ではできないことに挑戦できるチャンスを少しずつ広げていきたいという思いもありました。そのためには、もっと広く認知されたいし、影響力を持ちたい。もちろんコロナで減ってしまった利益も増やしたい。でも地方で個人がビジネスをしていると、広告をたくさん出せば「あの会社は儲かっている」というような変な噂が流れることもあるので、なるべく口コミで評判が広がるような形がいいなと思っていました。かといってSNSでの発信だけでは結果が出るまでに時間がかかります。

そんな時、たまたまPR塾の広告動画を観て、広告ではなく自然に認知されていくという、0円PRのスタイルが「すごくいいな」と思ったのがPRに興味を持ったきっかけです。入塾の決め手となったのは正直「直感」です。そんなに頻繁に直感でビビッとくることはないのですが、今回は「これだ!」という直感があったので、自分の未来に希望を持って投資することにしました。

―実際に入塾されての印象はいかがでしたか?

まずは知らない世界に足を踏み入れることにワクワクしました。実際に向上心の高い人たちの集まりだったので、私自身のモチベーションも高まりました。

一方で、PRを本職にしている方も多かったので、私のような「自分のビジネスを取り上げてもらいたい」という目的が実現するのだろうか、という不安もありました。

“種まき作戦”で地道に人脈を広げ、掲載の連鎖につながった

―とても前向きなイメージなので、不安を持たれていたということに驚きました。学んでみてどのような成果がありましたか?

不安を抱えていても仕方ないので、まずは「行動する」ことにフォーカスして各方面に「種」をまき続ける「種まき作戦」を実行することにしました。自己アピールの文章や、プロフィールなどの資料を用意して、最初の2〜3カ月は地道に「つながりそうだな」と思うところにお渡ししたり、Webの記事を調べてそのメディアや担当者に送ったりしていました。

そのうちPR塾卒業生のつながりで、地元のラジオに出演することができたので、そこでつながったメディア関係者の方から、さらに人脈を広げて「私こんなことできます」とか「こんな企画どうですか?」とか伝え続けたら、Webマガジンの記事掲載が決まり、さらにそこから連載や記事監修のお仕事などもいただいています。

―地道な種まきを続けたからこそ輪が広がっているのだと思いますが、その成果を出すために心がけていること、工夫されたことなどはありますか?

ご紹介などでメディアの担当者と繋がった時、先方に「こういう企画はできますか?」と言われたら即答で「はい」と答えていたら、どんどん掲載が決まりだしました。さらに、いただいた依頼に対して精一杯お仕事するのはもちろんなのですが、その際に必ず次の記事のテーマを提案するようにしています。

「メディアの方は忙しい」というのは、PR塾の講義で聴いていたし、お話しをする中でそのメディアが求めているニーズも想像できるので、そこに対して「準備していますよ」と次の手を差し出すと「いいね!」となって次につながりますよね。そこまでのストーリーを常に考えていました。「ありがとうございました」だけで終わりにしないのは、丁寧だし相手への思いやりでもあると思うので。

これを私は「信頼構築作戦」って呼んでるんですけど、スポーツの世界ってそういうところがあって。窮地に陥っても、チームメートのことや先の展開を考えて作戦を練る、ということをずっとやってきました。スポーツもPRも相手は“人”なので、いかに人の心を動かし、心をつかみ、親近感を持ってもらえるかを大切にしています。

(ヨガの様子)

信頼を構築し、期待値を上げて「専門家」としての地位を引き寄せた

―信頼構築作戦!スポーツの経験が生きているのですね。

あとは、「私、これもできますよ」と積極的に伝えています。例えば、私は管理栄養士の資格を持っているので、「ダイエット」がテーマなら「ヨガだけじゃなくて食事のお話しもできますよ」とお伝えします。正直「ヤバい、言っちゃったけど大丈夫かな…」ってなることもあるけれど、話が決まればやるしかないのでスイッチが入るし動けば早いですよね。

ハッタリは自分を追い込むけれど、「なんとかなる」と思えるのは、過去の「何があっても耐え抜くことができる」という経験の土台があるからかもしれません。

―ご自身で期待値を上げて「専門家」としての地位を引き寄せたということですね。広報は全く未経験からのスタートとは思えない、堂々としたアプローチですが、なぜその行動ができたのだと思いますか?

未経験だからこそ、入塾前に動画やテキストの内容は全てインプットしました。「あとは実際に行動するだけ」という状態でスタートラインに立ちたかったので。すぐに一歩を踏み出せるように、知識は先に自分の中に落とし込んでおくということが肝だったと思います。行動しながら改善していくのが一番効率が良いですよね。

またSlackを通して、受講生同士の近況などを知ることができるので、勇気や励みにもなりましたし、他の方の事例を参考にできたのも良かったと思います。

―今後の夢や目標を教えてください。

まずは、次は雑誌かテレビへの露出、そして「書籍の出版」につなげたいと、相変わらず「種まき作戦」は続けています。PRをきっかけに実現したいことは➀親孝行➁山梨の活性化に貢献③人の役に立つ➃自分の価値を高めて影響力のある人になる➄色んな媒体に取り上げられて今より高い世界を見る―この5つ。

そして、理想の未来は➀清里か小淵沢にウェルネスシティをつくる➁心と体を整えるスクールをつくる③女性の品格を上げて自然体の自分を生かせるようなビューティースクールをつくる➃人材を育成して女性が生き生き働ける環境をつくる➄山梨の自然を守る。

夢が盛り盛りですが、PRはそれを実現できるくらい力があるんじゃないかなと思っています。

―素敵な未来で夢が広がりますね!最後に、入塾を迷われている方に、ひとこといただけますか?

私は「直感」で入塾を決めましたが、直感は信じて突き進む価値があります。でも多くの人は、忙しくて体も脳が披露している状態で、ひらめきは起こりづらいので、まずは体と脳みそをスッキリさせてみてください。その方法は…

1. 自分自身の強張った筋肉をほぐして伸ばす

2. 深呼吸して心を解放させる

3. 緊張とストレスでガチガチになった脳みそをゆるめる

歪んだ心と体では、本当に見たい景色や真実は見えてきません。心と体を整えて、濁ったフィルターをクリアにしてから、もう一度PR塾の案内を見てください。そこには役立つ情報や知識、多くの専門家からの知恵を豊富に受け取れる環境が整っています。また、共に目標に向かって、向上し合える仲間がいます。そして何より、自分自身の価値を高め、自分の能力を商品化し、世の中にもっと貢献できるチャンスがあります。ぜひ、共にこの世界をPRの力でより良くしていきましょう!

―ヨガの先生ならではの貴重なアドバイスと熱いメッセージをありがとうございます!まずは書籍の出版、そして理想の未来の実現を心より楽しみにしております。

※2023年5月26日取材当時の情報です。

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