The post PR塾時代に得たスキルと人的ネットワークを活用し、卒業後も継続的に成果を出す―森善真さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
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1974年生まれ、大阪府門真市出身。森製紐株式会社 取締役常務。音楽業界を目指すも転向し、IT業界でSE、WEB開発者として経験を積む。2007年に家業(祖父創業)に参画し、経理、人事、広報等を担当。2016年より現職。妻と3人の大学生の子供、愛犬と暮らす。趣味は和太鼓、音楽、お酒、ハワイ。多様な職歴と経験を活かし、会社の認知度向上と事業拡大に尽力中。
会社HP:https://mori3.co.jp
自社オリジナル商品のECサイト:https://mori3-store.jp
Facebook:https://www.facebook.com/yoshimasa.mori
―2022年の1月に続き(https://pr-professional.jp/column/ojt-interview-mori/)、2回目の
「LITAマガジン」登場です。前回は独学で書かれていたプレスリリースでメディア掲載があまり獲れなかったところ、PR塾に入ってメソッドを学ぶことで想定以上の結果が出たというお話だったと思います。卒業後2年経って、状況はいかがですか。
理想としていた全国的に有名になるという状況までは正直なところ至っていないですが、PRに対する姿勢が変わりましたし、現在もPRの活動は続けています。以前は無料配信を利用して商品が出るたびにリリースを出していましたが、現在は思い入れのある商品にずっとつきっきりで深くPRしていく方向に変わっています。結構昔に出した商品も、PRによって継続的に地方メディアなどに掲載されているので、そこは良かったと思います。ただ、PRを手掛けているのは社内で私1人なので、多忙のため最近はちょっとペースを落としてはいます。
―現在アプローチされているのは、主に地域のメディアでしょうか?
私は基本的にメディアに電話を掛けるのが苦手なので、メールフォームからウェブメディアや新聞、ラジオなどリリースを送るケースが大半です。ですので、現在のところあまりテレビは狙えていません。
―とは言え、在塾中は連続で掲載を獲得していましたよね。
前回インタビューを受けた時期には、弊社の商品である「おでかけGo!Go!」という電車のつり革のような子供用の持ち手を「繊研新聞」や「日経MJ」の他、ケーブルテレビに紹介していただきましたし、当時のTwitter(現X)の投稿に2.3万「いいね」が付くなどバズって売り上げに繋がるということもありました。そのお陰で「ねとらぼ」というウェブサイトに掲載されて、「Yahoo!ニュース」にも広がりました。
そうした実績の積み重ねもあり、昨年はJリーグのサンフレッチェ広島さんとのコラボ商品も出させていただきました。
―それは凄いですね。サンフレッチェ広島とは具体的にはどんなふうにコラボが進んだのですか。
打ち合わせをしていたお客様に、たまたまおでかけGo!Go!を紹介したら、すごく気に入っていただいて、さまざまなプロスポーツチームに提案していただいたんです。それで、スタジアムに親子で観戦に来る際に、子どもが迷子にならないためのグッズとして採用していただきました。
―商品そのものの魅力はもちろん、それまでのPRでメディア掲載の実績を積み上げた信頼があったことも大きかったのではないでしょうか?
そうだと思いますね。プロ野球では千葉ロッテマリーンズさんともコラボが実現しましたし、京都鉄道博物館のミュージアムショップにも、さまざまなバージョンのおでかけGo!Go!を置いていただいています。メディアで話題になったからこそ、さまざまな方面から興味持っていただいた部分は確実にあると思います。

―おでかけGo!Go!以外にも、PRに力を入れている商品はありますか?
2022年6月に発売した「世界平和のあやとりひも」という商品があります。その頃ウクライナとロシアの紛争が大きなニュースになっていて、われわれも平和の実現に何か貢献できることはないかと考えて作ったものです。「世の中が望むのはお互いが手を取り合って1つになることだ」という思いを込めて、ウクライナ国旗のカラーとロシア国旗のカラーを結び目なく1本の輪としてつなげた紐を作りました。その売り上げの一部を寄付することにしてメディアにPRしたところ、繊研新聞に取り上げられました。共同通信社にも配信していただき、 そこから産経新聞、読売新聞に掲載され、Yahoo!ニュースにも転載されました。
―通信社に採用されると、新聞各紙に配信してもらえるので影響は大きそうですね。
すごく大きかったです。お陰様で記事を見ていただいた方からの購入が増えました。

―1回のPRで、連続してメディア掲載を獲得するコツはありますか?
掲載された商品だけを紹介しているから、そんな印象なのかもしれません(笑)。いろいろな商品を手掛けていて、それこそ全然メディアに載っていない商品もありますし、商品のPRばかりやっているので、これからは会社のPRも頑張りたいです。
―在塾時代から塾生仲間と頻繁に交流していたと思いますが、当時のお仲間との交流は今も続けていますか?
続けています。今は確か、67期の人たちが入塾しているんですよね。私は29期なので、新しい人たちがすごく増えているのに繋がれていないのは、やはりもったいないと感じます。私が住む関西でも最近知り合った塾生の方がいますし、先日は名古屋に行く用事のついでに交流してきて、次回は忘年会を開く企画を立てているところです。
塾生仲間との交流は楽しいですし、人に会うために地方に行く機会がPR塾に入ってから本当に増えました。それも、日本全国だけでなく海外にも塾生さんがいらっしゃる。以前はそうした人脈というか繋がりを持っていなかったので、私にとって非常に大きな財産だと思っています。
―そうやってできた人的ネットワークが仕事に繋がったことはありますか?
仕事に繋げようとして交流しているわけではないですが、たとえば、たまたま関西の交流会で知り合った方に、何かアドバイスをくださいと頼まれたのがきっかけで、結果的に仕事になったことなどはありますね。

―卒業後も、PR塾で得た経験や人脈を大いに活用していただいているようですね。現在、イチ押しの商品は何かありますか?
それが、これという目ぼしいものがなくて。ウチの商品は便利なので、PRすればそれなりの反響が得られると思いますが、やはり何か少しでも世の中に役立つような部分を訴えていきたいという思いがあります。売上はもちろん大事ですが、力を入れてPRするのであれば、世の中に役立つ、社会性の高い商品にしたいという考えが強いです。
―そういう視点を持つようになったのも、PR塾に入ってからでしょうか?
そうですね。影響はとても大きいと思います。テレビへのアプローチがまだまだできていないので、今後は力をいれつつ、商品だけでなく会社としての露出もどんどん増やしていきたいと考えています。
―最後に、これからPR塾に入ろうと思われている方にメッセージをお願いします。
正直、私も1年間ぐらい入塾を迷っていたのですが、今振り返るとその期間がもったいなかったと思います。どうせ入るなら早く入ったほうが結果が早く出るというのが、今だからこそ分かります。進んでみないと成功も失敗も分からないので、そこは1歩チャレンジしていただきたいなと思います。
―森さんは、特に経営者の方々がPR塾を活用する際のモデルケースになると思います。本日はありがとうございました。
※2024年10月取材時の情報です。

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]]>The post PR未経験から一念発起して入塾。子育てをテーマに地域の魅力を世の中に広めたい―広瀬ひろみさん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
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三女一男の母。専業主婦中、子育てに行き詰まり、保育士資格などを取得する。保育園にて勤務する傍ら、子育て講座の講師も務め、また子ども会活動やPTA活動等、地域活動にも参加。その後、子どもの不登校がきっかけで不登校支援を始め、月に数回お話会を開催している。さまざまな活動をする中で、素敵な活動や人・モノに出会い、それらの認知を広げたいと思い、PRを学ぶためにPR塾に入塾し、1年程で新聞の取材を獲得した。
Instagram:https://www.instagram.com/hiromama4kids?igsh=YmxlYzJscndzNWRy
Facebook:https://www.facebook.com/hiromi.hirose.94
―PR塾に入る前は専業主婦を長くされていたそうですね。
大学卒業後は就職せずにすぐ結婚して、長女が中学3年生になるまで15年間ぐらいは専業主婦をしていました。現在は4人の子どもがいます。
―それから保育士さんになられたとのことですが。
当時は子育てに行き詰まってしまって、自分の感情をうまくコントロールできなくなることが多かったんです。実は母親が保育士で、私も通信教育で勉強して資格を取っていたのですが、全然子育てが上手く行かずに自己嫌悪に陥っていました。でも、長女が専門学校に入ることになり、授業料を稼がなくてはいけなかったし保育士の求人は沢山あったので働こうかなと。それで、近所の保育園で採用してもらうことになりました。保育士として働く少し前から公民館で親子学級の講師も始めました。社会で働いた経験はそれが初めてになります。
―保育士の仕事は楽しかったですか。
結構大変でしたが、子どもたちが可愛くて仕事自体は充実していました。
―PRに関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
地域で子ども会やPTAなどの活動をしながら不登校の子どもたちの支援などもする中で、出会ってきた方々の活動が素晴らしいのに、あまり知られていないということに気付いたんです。「もっとたくさんの人に知ってもらいたい」と思っていたところに、友だちの砂羽美佳さんがPR塾に関する内容をフェイスブックに投稿しているのを見て「これだ!」と思いました。地域でいろいろな活動している方の情報を、PRによって必要な方に届けられるのであれば、ぜひやってみたいなと。
―未経験から決断するのに迷いはなかったですか。
PR塾はワンクール1年間で授業料もそれなりに掛かるので考えましたが、学びに対して先行投資して人生を豊かにできるのであれば入りたいと思いました。当時NPO法人の活動のお手伝いもしていたのですが、入塾前の面談で「その内容ならメディアPRしやすいですね」と言われたのも後押しになりましたね。
やはり保育士の仕事は体力を使うので年齢を重ねるときつくなってきますし、体力勝負ではない人生を考えていかなければいけないタイミングでもあったので、 PR塾でしっかり学んで仕事に生かしたいと思いました。

―実際に入塾した印象はいかがでしたか。
実は私、入塾式でちょっと泣いちゃったんです。オンラインで受講するのに私はパソコンが全く使いこなせなくて、それこそZOOM上で自己紹介をチャット欄にコピペすることすらできませんでした。その程度のレベルだったので本当に情けないやら悔しいやらで、泣いてしまいました。でも、その後チューターの方にフォローしていただいて、入塾してしまったからにはもうやるしかないと思いました。パソコン操作は2~3カ月ほどで慣れました。
最初の本講義は出版PR編で、講義の内容はすごく分かりやすかったですし、実際に企画書を書いてみて「私でも書けるぞ」と少し自信になりました。とにかく本講義だけは毎回出ようと思っていましたし、出席するのが楽しかったんですよね。
―その頃、保育士の仕事はまだ続けていたのですか。
講師の仕事は月に2回ほど続けていましたが、普段の仕事は退路を断とうと思って辞めました。PRするネタとしては裏方で働いていた地元の八千代市のカフェのことや、NPO法人の活動などを考えていて、地域に貢献している人たちのことをメディアに取り上げてもらいたいと思っていました。
―PR塾に入って最初に手ごたえを感じた成果は何でしたか。
それが入塾してから1年間本当に成果が出なかったんです。失敗するのが嫌でリリースなどを書いてもメディアに電話するのを躊躇して、記者クラブに足を運んでもリリースを投げ込むだけで記者さんと話すこともなく帰るみたいな感じでした。
それが悔しいのもあったし、PR塾のコミュニティから出たくない思いも強かったので、卒業後もVIPプログラムに参加して学びを継続することにしました。初めてメディア掲載が決まったのは今年の4月で、カフェが開発した「鉄クッキー」という商品が朝日新聞の地方版に掲載されました。
―どうやって掲載を獲得したのですか。
千葉県の記者クラブにリリースの投げ込みと記者レクを申し込んだのですが、講義で教わったように単なる商品の紹介ではなく社会性の高さなどを頑張って伝えたところ、ちょうど幹事社だった朝日新聞の記者さんが興味を示してくれました。
記者レクは初めてだったのでとても緊張しました。記者の方6名ほどが説明を聞いてくださったのですが、声は震えるし何から説明すれば分からないような状態でした。それでも用意した資料を配って説明を終えると、次は写真撮影になり、持参してきた製品だけ撮るのかと思ったら、「広瀬さん、手に持ってください」と言われて、自分が撮られることは想定していなかったので驚きましたね(笑)。
でもその結果、朝日新聞、東京新聞、産経新聞に掲載していただくことが出来ました。さらに後日、産経新聞の記事を見たBAYFMさんに、ラジオ番組のコーナーで紹介していただいきました。

―初めての本格的なメディアアプローチで4媒体の掲載を獲得して、自信になりましたか。
取材を受けても本当に記事になるのか疑心暗鬼だったのですが、実際に出来上がった記事を見て「やった! PR塾に入ってよかった」と思いました。メディアで紹介されたことでクライアントさんへのお問い合わせが増えましたし、鉄クッキーを販売したいという要望も入るなど、PRの凄さに感動しました。VIPに入る前から、なんでもっと早く行動しなかったんだろうとも思いましたね。
―今後の目標を教えてください。
八千代市はとても子育て施策があまり充実しておらず、マイナーなイメージなのですが、その中でも素晴らしい活動をされている方はいますし、素敵な場所もいっぱいあります。私としては、子育てを軸に地域の魅力を伝えていく活動をメインにして、最終的に八千代市をもっと有名にしたいという思いが強くあります。
―そうした広瀬さんの活動について、ご家族はどう思っているのでしょうか。
PR塾に入ったことを子どもたちに話した時は、「そこ、本当に大丈夫なの」と言われたりしました(笑)。メディア掲載を獲得した際に記事が載った新聞を見せて「この鉄クッキーで八千代市が有名になるんだよ」と説明しても今一つピンと来ていないようでしたね。
―ご家族の理解が深まるように、今後もっと実績を積んでいく必要がありそうですね(笑)。
そうですね。ありがとうございます(笑)。
―例えば広瀬さんのように専業主婦でPR塾に入ろうとされている方も多いのですが、そうした方々に経験者としてメッセージをお願いします。
私のように最初はパソコンスキルすらなくても成果を出すことができたので、誰かを応援することが好きな人には絶対にお勧めです。PR塾のコミュニティも皆さんの視座が高くて素晴らしいですし、情報共有も活発なので迷っているならぜひ入ってください。
―素晴らしいメッセージをありがとうございます。
※2024年8月取材時の情報です

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IT事業・イベント制作企業で総務、経理、人事を経験後、キャリアアップのため山仁薬品株式会社に転職。新事業部、新商品開発の担当となり認知拡大の手法を学ぶため、PR塾に入塾。現在はPRプロデューサーとして企業PRと商品PRを行う。
Facebook https://www.facebook.com/kayo.hiraki.7/
HP(山仁薬品株式会社) http://www.yamani-g.co.jp/
Instagram(山仁薬品株式会社)https://www.instagram.com/yamani_dryern
―以前は、IT事業やイベント制作を行う会社に勤められていたそうですね。
はい。大学生時代にその会社が法人化する前からアルバイトをしていて、IT事業を立ち上げるのを機に社員として入りました。総務・経理業務などに従事して17年間在籍したのですが、体調を崩したことや挑戦したいことがあったのも理由で、退職して現在の職場である山仁薬品に入社しました。
今の職場の代表である関谷康子とは前職時代に参加した研修で縁があり、定期的にお付き合いしていたんです。ちょうど新たな事業部を立ち上げるタイミングと私の退職が重なったため、転職することになりました。

―転職してからは、どのような業務に就かれたのでしょうか。
ちょうどコロナ禍に入るタイミングで、入社してしばらくは除菌消臭剤の営業のようなことをやっていました。その後、B to Bで提供していた乾燥剤を一般消費者向けにも展開しようという話が持ち上がり、事業の立ち上げに関わるようになりました。
―PRに意識が向いたのはどうしてですか。
最初は、PRについては全く考えていなかったんです。C向けに商品をつくるのは初めてなので、パッケージデザインの決定などにも時間が掛かり、準備が整うまでに結局1年くらい掛かってしまいました。やっと調味料専用乾燥剤「カタマラーーン」という新商品ができて営業担当者も置いたのですが、少人数なうえに慣れない業務で、どうやって販売を伸ばしていったら良いのか悩んでいました。
本来は小売店に置いてほしかったのですが、営業の仕方もB向けとは勝手が違うためなかなか上手く行かず、手っ取り早いのが通販でした。ただ、ひとつの商品だけを自社の通販サイトで売るとなると効率が悪い上にサイトの維持費も掛かるので、どうしようかと思っていました。そんな時にFacebook広告でPR塾について知り、LINE登録して動画をいくつか見るうちに、お客様への働きかけ方などをここで学べるのではないかと思いました。
―すぐに入塾を決めたのですか。
PR塾の動画を最初に見たのが2022年の12月ごろで、翌年1月には入塾しました。参加費用を予算として確保するために関谷に プレゼンしたところ賛同してくれましたが、関谷自身はPRの業務までは手が回らなかったので、私が入塾することになりました。

―最初はSNSよりメディアPRから取り掛かったのでしょうか。
SNSは商品専用アカウントも作っていない状態だったので、メディアPRからですね。オンライン講義をただ聞くだけではなく、グループワークで本気の意見交換を行うので考え方が整理されましたし、仲間の塾生たちがSlackで私のことを覚えてくれたり応援してくれたりして励みになりました。ちょうど入塾月に「アットプレス」にプレスリリースを配信することになっていたので、早い段階から添削に出すなどして取り組みを進めた結果、『日経MJ』が記事に取り上げてくれました。
―早々に成果が出たわけですね。メディア掲載の反響はいかがでしたか。
消費者からの反応はそこまで多くなかったのですが、掲載をきっかけに楽天やアマゾンに商品を出している企業から声が掛かり、販売をお手伝いしてもらうことになりました。また、ヨドバシカメラの担当者からも連絡が入って、カタマラーーンをオンラインショップで販売してもらえるようになりました。
―苦労していた販路開拓ができたわけですね。
そうですね。その次は夏ごろに打ったリリースをきっかけに「週刊粧業」の「ヒット商品母子手帳」のコーナーで紹介されましたし、スポーツ紙や雑誌の読者プレゼントコーナーへの掲載など、小さなところから少しずつ広がっていきました。日経MJにも二度目の掲載が叶って、露出が増えるにつれて販売も伸びていきました。現在、累計販売実績は約1万2千個に達しています。
―メディアPRで意識したことや苦労したことはありますか。
とりあえず習ったことを実践しようと思って記者クラブも回りましたし、あまり電話する時間も取れなかったのですが、ひと月に10メディアには何らかの形でアプローチしました。
でも、秋口になると、湿気が気になる日も少なくなり、メディアの反応も薄くなり始めて少し焦りました。そこで、商品のPRはいったんやめて、会社のストーリーにフォーカスしたアプローチに方向転換し、関谷が先代から事業承継して15年間取り組んできた改革について伝えるようにしたんです。すると、また取り上げてくれるメディアが増えて「ツギノジダイ」や「Bizhint」、その他複数のオウンドメディアへの掲載が決まり、BSテレ東の「アルバレスの空」という番組でも紹介されました。日経トップリーダーからは講演依頼もきましたね。

―社内の反応はどうでしたか。
もともとB to Bがメインの会社なのでPRに対する意識が低く、最初に日経MJに掲載されたときも「何かやっているんだな」程度の反応でした。でも、掲載が重なるにつれて社員たちの意識も変わり、年度方針を考える際にPRもテーマに入ってくるようになりました。結果が出たことによって、PRの重要性が認識されてきた感じです。
―PR塾で学ぶことで平木さんの仕事の中身も変わりましたか。
以前の私の仕事は、売上を立てて伝票を作るだけでほぼ終わっていたので、PRが加わることによって大きく変わりました。また、今までは一人でPRに取り組んでいたのですが、社内全体でネタを集めて行こうという流れに変わり、周囲を良い意味で巻き込めるようになったと思います。
忙しくはなりましたがストレスは全くないですし、東京に出ていく機会も増えて、さまざまな人たちに会って情報を得られるのが楽しいです。

―今後、挑戦したいことはありますか。
当社としてはB向けに既にある程度浸透している「ドライヤ―ン」という先代から続けてきたブランドを乾燥剤の代名詞にするという目標があるのですが、それをC向けにも確立させたいです。
――フリーランスや経営者と違って、平木さんのように組織に所属してPR塾で学ぶ人たちにメッセージをお願いします。
私はもともと文章を書くのにも時間が掛かるし、できれば人前で喋りたくないほうだったので、営業職をやりたいと思っていたわけではありません。ですので、PRのためにメディアに電話アプローチを行う際などは不安もありましたが、PR塾のフォロー体制がしっかりしているので心強かったです。実例なども動画で学べますし、いつでも質問が出来ますし、塾生同士の交流会も頻繁に行われています。そうした暖かい環境が用意されているので、仮に社内に相談する人がいなくても、PR塾で解決する方法がたくさんあります。一人でやっている感覚はないので、ぜひ頑張ってほしいと思います。
何も動かなければ何も起きませんが、自分が動くことでメディアの人たちも反応してくれて、結果が出れば会社の業績にも貢献できます。自分自身のスキルアップと共に、そうした変化を起こして、会社の信用を作れるところにやりがいも出てきます。諦めずに続けることで会社自体を変えて行けるのが、組織に所属しながらPRに取り組む醍醐味ではないでしょうか。
―実際に、ご自身の立場や仕事のやり方を変えることに成功したからこその言葉ですね。本日はありがとうございました。
※2024年5月取材時の情報です。

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会社勤務やイタリア人アーティストの代理店立ち上げの後、農業をやりたいという夫の夢を叶えるために千葉県の農村地帯へ移住。それまでのキャリアが全く関係なくなり、最低賃金の清掃パートをする日々に喪失感を覚えSNSでの起業を決意。SNSをやる中で、よりリアルな実績としてメディアアプローチが必要なことを実感しPRを学ぶ。2024年1月法人化し、現在はSNSとPRの2本柱で企業や女性経営者の集客活動を担っている。
Instagram https://www.instagram.com/maya.yuko.desu/
―まやさんのこれまでのキャリアについて教えてください。
最初に就職したのはクレジットカード会社の広報部でした。その頃から卒業旅行で訪れたイタリアに住んでみたいと思っていたので、語学の勉強をして退職後にイタリアに留学しました。その後は外資系の証券会社で勤務したり、イタリア人のアーティストの代理店を自分で立ち上げて活動したりしていました。
―多彩なキャリアですね。
通訳の勉強もしたのですが、イタリア語通訳が必要な場面は限られていたことと、ポッと出の私ではレベルが低く、いただける仕事は多くありませんでした。レベルの高い通訳は外国語大学などを出た方々の領域になっていたのと、日本語力が高くないと、通訳の仕事も難しいなということが分かりました。社会人としての経験がしっかりあって、言語化がしっかりしてできるようにならないと駄目だと気付いたんです。
―代理店の仕事を辞められたのはなぜですか。
アーティストさんの作品と人柄が好きでしたし、人助け的な感覚で始めたものの、正直なところビジネスとしてはあまり上手く行きませんでした。作品の力でなんとか続けることはできていましたが、経営をやったこともないので当然の結果だと思っています。その頃、農業をやりたいという夫の意向で千葉県の田舎に転居して東京と行ったり来たりしていたのですが、アーティストさんもイタリア国内で田舎に移住することになり、東日本大震災などもあったので、いったん代理店の仕事は休止してリセットすることにしました。
その後、3年間ほど夫の仕事を手伝っていたのですが農業は私に向いていないと感じたため、パートを始めました。でも、夫が夢を叶えて生き生きと仕事をしているのに対し、自分は新卒の時より安い給料で、特にスキルが必要とされない仕事に就いていることにずっとモヤモヤして、夫や環境を恨むようになってしまったんです。よく話し合って自分で決めたにもかかわらず、残りの人生をそんな気持ちで過ごすのが嫌になって、人生を変えなければといけないと思いました。それが今から2年ほど前のことです。
―それでショート動画を作成するようになったのですね。
ある時インスタグラムの起業スクールのアカウントを見ていたら、ショート動画を作る仕事なら、世の中にニーズがあって時間と場所に関係なく主婦でも働けるという内容で、「これはまさに私だ!」と。ちょうどその頃、地方創生を手掛ける一般社団法人の事務職の仕事に就いたので、その団体が保有しているキャンプ場のインスタアカウントを自分で回してみようと思い立ちました。キャンプ場のPRのために講座で学んだスキルを使ってショート動画を作成したところ、トータルで22万回再生を達成して、イベントにも人を誘導できました。

―結果を出せたわけですね。さらにPR塾でも学ぼうと思ったのはなぜですか。
キャンプ場の夏祭りイベントの集客で成果を出して、町役場の人や町長も私のことを「SNSに強い人」と認識してくれるようになりました。でも「千葉日報に載ってないよね」と言われてしまい、SNSで成果を出してもメディアで紹介されないと実績として認められないんだと実感しました。
PR塾について知ったのはそんな時で、知り合いに教えてもらった笹木郁乃さんの本がきっかけです。しばらく迷いましたが、相談会ではLITAの方に地方創生に関する助言もいただき、SNS運用とメディアアプローチの両方ができて損はないと思ったので入塾を決断しました。
―入塾した印象はいかがでしたか?
本格的にPRに取り組んでいるすごい人しかいない印象でした。私がそれまでに入っていた講座や起業塾と違って、PR塾の皆さんは言語化がしっかりしているし、Slackの投稿も講師の方のフィードバックも量が多くて「これは大変なところに来てしまった」と。講義には毎回出席して、コンテンツも見ていたのですが、自分で投稿する勇気がなかなか出なかったですね。でも、同期の方と「プレスリリースって何?」「私もよく分からないんだよね」みたいな話をして「同じような人がいてよかった」と安心したのを覚えています(笑)。

―入塾後の最初の成果は?
入塾3カ月目に、地方創生団体の企画で子どもたちを成田空港にあるJALの格納庫に連れて行くツアーを組んだんです。社会性がある取り組みなので、プレスリリースを作って添削に出した後にメディアに配布すると、千葉日報を始めとする複数の新聞社に取材していただきました。講義で学んだとおりにアプロ―チした結果、「本当に掲載されるんだ」と驚きましたし、記者の人たちが普通に私の携帯に電話してきてくれることも新鮮でした。
―最初にメディアに電話するときは緊張しませんでしたか。
アーティストさんの代理店をしていた時に、メディアの代表電話から売り込みを掛けてラジオ番組出演を果たしたりしていたので、比較的抵抗はなかったですね。緊張はもちろんしましたが、そこは以前のキャリアが生かせたかもしれません。アプローチの際には、記者さんにとってどんなメリットを伝えられるかを意識しました。相手目線を意識するとしっかりと伝わりますし、こちらも情報も得られるので双方にとって良い関係が築けます。
―PR塾に入ったことによる最大のメリットは何ですか。
私は「良いものを、待っている人に届ける」というミッションを掲げていて、その手段としてショート動画の他にメディアPRも有効な手段になり得ることが実感できました。効果的な武器を手に入れたので、今後も生かしていきたいと思います。
―今後の活動について教えてください。
地方創生団体は町の方針でクローズすることになったので、今後はショート動画で自分自身をどうPRしていくかを考えると共に、今はあるインフルエンサーさんからショート動画の仕事を受け負っているので、その方のメディアアプローチも今後はやっていきたいと思っています。
最終的には、SNS運用もメディアアプローチもできて、広告も回せるミニ広告代理店のようなことが出来たら良いなと思っています。最初はショート動画のSNS活用からお仕事を頂くことになると思いますが、それに加えてブランディングや集客まで、全て引き受けられるようなチームを作りたいと思っています。

―そのための課題は何でしょうか。
PR塾で学んだのは、「本当に大切なのはクライアントさんの真のゴールは何で、その成果をどう出すか」を知る重要性です。たとえば、クライアントさんから「テレビに出たい」といった話をされても、果たして少しだけでも出れば良いのか、コメンテーター枠を取りたいのか等、イメージしているものが人によって全く違います。さらに深く話すと、実はテレビに出ること自体が望みではなく、テレビに出ることで何を達成できるのかの方が重要だったりします。そこを聞き出すのが好きですし、入塾するまでは意識していなかったことです。
―最後に、これからPR塾に入る方にメッセージをお願いします。
講師陣の添削が本当に手厚くて、こんなに丁寧に面倒を見てくれる講座は他にはあまりないのではと思います。私もゼロからスタートして数カ月で成果も出せましたし、講師の方々が仰ることをそのまま実行すれば結果は付いてくるので、ノウハウ的な部分で心配することは一切ないとお伝えしたいです。冒頭でお話したように苦手意識を持っていた言語化についても、教えていただいた通りにすることで大丈夫になりました。人生が変わったと思います。
―PR塾が人生を変えるきっかけになって嬉しいです。本日はお話ありがとうございました。
※2024年5月取材当時の情報です。

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]]>The post 覚悟を持って入塾を即決。ヨガ講師・PRプロデューサーとして自分の可能性を広げる―野上洋子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
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ヨガ講師、PRプロデューサー。1973年生まれ。女性専門マンツーマンヨガ教室「yocoyoga」主催。女性が自身の事を大切にし、セルフメンテナンスが出来るよう活動を続けている。 企業向けのヨガでは、テレビ東京にてはるな愛さんにヨガ指導する講師として出演、松竹株式会社歌舞伎座屋上庭園でのヨガ、ハリウッド化粧品、クラブツーリズムコラボイベントヨガ、成人病予防協会、議員のヨガ推進連盟のヨガ講師担当、築地本願寺銀座サロン定期開催ヨガ担当講師。 誰でも出来る「生活に取り入れるヨガ」「歯磨きの様に習慣化するヨガ」を提唱している。
Instagram https://www.instagram.com/yocoyogalove
Facebook https://www.facebook.com/yoko.nogami.92
―ヨガ講師になる前は何をされていたのですか。
イラストレーターの活動をしている最中に妊娠したので、東京から名古屋に戻ることになったんです。そこで、以前から気になっていたマタニティヨガを名古屋の産院で経験したのがヨガとの出会いです。約19年前の話ですね。
―マタニティヨガをやってみた感想はいかがでしたか。
こんなに気持ちいいものが世の中にあるのかと感動してしまいました。週に2回のレッスンに毎回参加するほどハマってしまい、出産直前まで通っていました。その時の先生が素敵な方だったので、私もこんなふうになりたいと思い、その先生が卒業されたヨガ講師の養成学校に通うようになりました。
―そこまでハマってしまったマタニティヨガの良さとは、どんな部分なのでしょうか。
マタニティヨガは単に体が気持ち良くなるだけでなく、出産に向けた体づくりを行う中で妊娠や出産に関する知識も得られますし、出産時にも呼吸法が役立ったり、産後の体の回復も早くなったりと、様々なメリットがあります。それを体感できたので、出産を控えて不安な妊婦さんたちにもっと広めたいと考えました。
―資格を取った後はすぐに開講したのですか。
ヨガで体調が良くなったお陰かもしれませんが、受講期間中に2人目を妊娠してしまったんです。講師の資格は取りましたが、出産直後ですぐに仕事ができなかったので、ヨガ講師として本格的に始動したのは下の子どもが2歳になってからですね。名古屋の団体が開いているスクールに講師登録したり、クラスを自主開催したりしていました。
―生徒さんは口コミで集めていたのでしょうか。
当時書いていたアメブロを見て、来てくださる方が多かったですね。その後、名古屋から広島に引っ越したのですが、産後ヨガは地方にあまりなかったので、そこでもブログで発見していただくケースが結構ありました。

―PR塾についてはどうやって知ったのでしょうか。
2023年に離婚することになり、シングルマザーになって今のままでやっていけるのかという不安を抱いていた時期に、たまたまインスタグラムでPR塾の広告を見たんです。さらに、PRの仕事をしている友人から仕事の中身について聞いたのもあって、すごく楽しそうだなと興味が湧きました。よく考えたら、ヨガのワークショップで使っているオイルを生徒さんたちに広めたり、ヨガの素晴らしさに目覚めた生徒さんたちが講師養成スクールに通いだしたり、自分も無意識のうちにPRのようなことをやっていたので、もっと可能性が広がるのではないかと思いました。それらのタイミングがちょうど重なって、PR塾の相談会に参加してすぐに入塾を決めました。最初のカウンセリングを受けた際に、果たして本当に申し込んで良いものかと少し迷いましたが、「私、頑張れ!」と決意してすぐに申し込みました。
―入塾した印象はいかがでしたか。
最初は圧倒されましたね。Slackで他の人たちの成果報告などを見ていると、本当に自分もできるのかなと思いましたが、私には後がなかったし、覚悟を決めて入ったのでやるしかないと。それまで起業塾に入ったり、インスタグラムを勉強したり、メルマガも書いたりして、一通りのことはやってきたけれど、もっと可能性を広げたかった。自分のPRと共に、講座で使っているオイルについても広めるお手伝いがしたかったし、勝手にヨガ連盟のPRをしたいとも考えていました。
―結果はすぐに出ましたか。
まず、モニターさんが集まりませんでした。ヨガ講座で使っているオイルの担当者の方に話を持ち掛けたのですが、結果的に案件を獲得できず、すごく落ち込みました。それならまず自分のPRをやろうと、プレスリリースや企画書をつくって記者クラブへの投げ込みや個別アプローチをやりましたが、なかなか結果に結びつかず、LITAの方々にオンラインでよく相談に乗ってもらっていましたね。
―PRで初めて手応えを感じたのはいつ頃ですか。
入塾して約半年後に、メディア交流会で知り合った夕刊紙の記者さんから記事にしていただきました。それまでも、とにかくメディア交流会と本講義にはできるだけ出るようにしていて、特にメディア交流会には、たとえネタがなくても無理矢理ネタを作ってでも出るようにしていたんです。何度か交流会に参加しても手応えがなかったのですが、初めて記者さんに「面白いね」と言ってもらえたのがとても嬉しくて、交流会終了後すぐにメールしました。
―その後もメディア掲載を獲得していきましたよね。
数をたくさん打って当てる方もいますが、私の場合は「この人だ」と思ったらマメにアプローチするやり方が向いていると気付きました。その後、離婚調停の時にお世話になった団体の方の紹介でメディアの取材を受けることになった時は、ついでにPR塾の「お仕事情報掲示板」で獲得した出版PRのクライアントさんについて記者さんに話して、後日、読売新聞の生活面で紹介されることになりました。
―PR塾のコンテンツをフル活用していますね。
そうですね。1つ掲載を獲得したことで、いろいろなことが繋がっていった感じです。その後もメディア交流会で知り合った別の記者さんと、オンラインミーティングを行うなどしてコンタクトを続けています。私の場合、文面だけのやり取りより、電話や顔を見て直接話すコミュニケーションの方が得意だというのが分かってきました。
―自分の強みが発見できたわけですね。
昔は書くほうが得意と思っていたのですが、出版PRでリリースを書いてみると、結構チームの仲間からダメ出しされて(笑)。それで書くのは他の方に任せて、人に会って突破していく役割を担当するようにしたら、結果が付いてくるようになりました。チーム内にはメンバーをまとめるのが得意な方もいるし、Amazonキャンペーンなどでこまめに動かれる方もいるし、PR塾のチーム力はハンパないなと感じています。

―今後の目標について教えてください。
引き続き自分のヨガについて広めていくことと、PRプロデューサーとして仕事を獲得していくことです。特に健康経営に力を入れる企業に入り込んでいきたいと考えていて、ヨガ講師の養成講座に来てくださる生徒さんたちにも仕事が回せるぐらいになりたいと思います。あとは旅好きなので、世界のどこにいても全てオンラインで仕事ができるようになりたいですね。
―これから入塾される方たちにメッセージをお願いします。
私の場合はPR塾の1年間を通して、今までやってきたことがうまく整理できたと思っています。自分のやっていることはスモールビジネスだと思っていましたが、PRを知ることによって、その枠が外れた気がします。受講料などを考えると確かに気軽にできる投資ではないですが、入ったからにはやる覚悟を持つことが大事です。PR塾のバックアップ体制はすごいので、やる気さえあれば安心して進んでいけると思います。

―PRを学んでさまざまな展望が見えてきたわけですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
※2024年4月取材当時の情報です。

The post 覚悟を持って入塾を即決。ヨガ講師・PRプロデューサーとして自分の可能性を広げる―野上洋子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post 営業職、WEBマーケターを経て、広報PR会社の代表へ。半年間で50以上 のメディア掲載獲得。これまでの経験とPRの掛け合わせで、クライアントの事業拡大に貢献していきたい。加納和子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>中小企業に特化した広報PR会社代表の加納和子さん。保険会社の営業として働いていた時に、WEBデザイナーのご主人の手伝いで、WEBライターとして副業を開始されました。2016年にフリーランスとしてWEB運用サポート業務を開始し、2018年に会社を設立。その後、ペットインフルエンサーの活動をきっかけに広報PRを知り、PR塾へ入塾されました。卒業後、広報PRサービスを始めてから、半年間で50以上のメディア掲載を獲得、クライアントの出版も決定しました。加納さんにPR塾での学びや、過去の仕事とPRとのつながり、今後の夢についてお聞きしました。
PROFILE
株式会社KANOWA代表
同志社大学卒業後、会社員として飲食店や保険会社で営業販売やマネージメントに従事。WEBデザイナーのご主人の手伝いでWEB集客販売を担当したことをきっかけに独立。営業経験を活かしたライティングでLP反応改善6倍、メールマガジンのプロモーションの成約率を7割にアップ。2018年に法人化。2020年よりYouTubeなどでうさぎメディアを主宰、総フォロワーは5.6万人を超える。2022年より中小企業に特化した「売上と認知拡大につながる」広報PRサービスを開始。
HP:https://kanowa-pr.com
Facebook:https://www.facebook.com/k.kano508
-現在の活動を教えていただけますか。
現在は、広報PRの代行の会社をしています。WEBデザイナーの主人の手伝いで、2014年頃から副業でWEBのライティングをしていました。その後、メールを使ったプロモーション、オウンドメディアのコンサルティングをする中で、2016年にフリーランスになり、2018年に会社を設立しました。PRの代行を始めたのはPR塾に入ってからです。
-PRの代行をしようと思った理由を教えてください。
ライティングやマーケティングのお仕事をする中で、ブランディングを意識されるクライアントが非常に多かったのです。「もっとこういうブランドにしていきたい」「出版して専門家として見てもらいたい」などの要望がありました。
ブランディングなど、企業の価値を高めることができるスキルがあれば、クライアントに、もっと喜んでもらえるのに…と感じてはいたものの、どうすればいいかわからずにいました。
-PRを学ぶきっかけは、飼っているうさぎが関係しているそうですね。
会社を設立したものの義父の介護や、コロナ禍で、私自身も世の中も、閉塞感がいっぱいでした。そこで、飼っているうさぎの可愛さをシェアしたいと思い、YouTubeで配信をすることにしました。他にも、InstagramとX(旧twitter)で発信し始めたら、うさぎ好きな人とコミュニケーションが取れるようになり、社会とのつながりを感じることができました。
うさぎの飼い方などの情報も発信していると、テレビ局から取材依頼が来ました。それまで、取材が来るという発想すらなかったので、びっくりしました。と同時に、テレビ局や新聞社、タウン紙の方も、ネットやSNSを見て取材先を決めているんだと初めて知りました。
-それでPRを学ぼうと思ったのですか?
実はそのときもPRという言葉自体を知りませんでした。テレビの反響もあり、メディアからの取材を意図的に獲得できるようになったら、クライアントのブランディングに繋がるだろうなと思ったんです。それで調べたら、広報やPR、パブリックリレーションズという言葉にたどり着いて、そこで初めて言葉を知りました。
調べている時に本屋で『0円PR』(PR塾代表笹木郁乃の書籍)を見つけて、読んでみると、今の時代はSNSとPRの両方が、大事だと書いてありました。ちょうど、うさぎのSNSで体験していることが本に書かれていて、これだと思いました。それでPRを学んで仕事にしようとPR塾への入塾を決めました。
-PR塾に入ってどうでしたか?
初めて講義に出たときは、すごい熱意とこだわりをもって商品やサービスを作っている方ばかりだったので、熱意に圧倒されました。でも、クライアントの役に立ちたいという心持ちがあったので、怖気づいている場合ではない、しっかり学ぼうと思いました。
-PR塾で一番良かったことは何ですか?
PR塾で使うSlackは掲示板のような役目をしていて、過去の塾生の質問と講師の回答が全て見られます。成果報告なども載っているのですが、私は35期だったので、34回分の先輩方の頑張ってきた足跡が全部残っていて、それを全部さかのぼって読みました。
「イベントの3日前まで諦めずにPRしてよかった、最後の一押しで新聞記者が取材に来てくれた」「メディアアプローチを何回しても反応がなかったが、3か月後に前のプレスリリースを見て来てくれる方がいた」と、メディア掲載獲得までの流れも残っていました。
また、こういう地域でこんなメディアに出たいけど、このプレスリリースの文章はどうですか?というやりとりも全部見られるのは、すごく贅沢だと思いました。
-過去のプレスリリースの添削などが、見られるのがいいのですね。
添削だけでなく、PRパーソンとしての心持ちもわかるので励みになりました。やっぱり1回、2回とかで投げ出してはダメなんだな、とか、反応が来ない時にどういうメンタルで乗り切ってきたのかが、Slackから分かりました。
それが今、自分がつまずいていても、それは乗り越えられるかもしれないという希望に繋がりました。ノウハウ面でも気持ちの面でもすごく参考になって、役に立ちました。
-半年で50以上のメディアに掲載されているそうですが、何か秘訣はあるのですか?
迷ったらSlackで、うまくいっている人がいないか、似たような状況がないか探して、どうやって乗り越えたかを参考にしてトライしていました。
私はPR初心者で、何も知らないことが強み。何も知らないので、自分でアレンジもできません。PR塾が提供するノウハウに対して、悩むことなく素直に取り入れました。
うまくいっている人のうまくいっている所をちゃんとまねをする。逆に、そういう本当にシンプルなことしかやっていません。

-プレスリリースは、今までのライターの経験が役に立っていますか?
そうですね。WEBマーケティングで、ライティングスキルを磨いたのが、今のプレスリリースに活きていると感じます。しかし、広報PRはダイナミックさや、より深くタッグを組めるという点で、WEBマーケティングと違うと感じています。
WEBマーケティングも、一緒に売り上げを伸ばしていこうという点では一緒ですが、PRの場合は、会社の方向性を一緒に考えて、世の中にどういう風に自分たちの会社を訴求するか考えるところから始めます。そのため、クライアント企業の社長と直接やり取りすることが多く、長く関われるので、将来性を感じます。経営者と伴走できるようになったのは、広報PRという視点があって、そのスキルがあるからだと感じています。
-WEBマーケティング以外でも、過去の経験が今に活きていると感じることはありますか?
もともと、副業でライターになった当時、本職は営業でした。夫が営業だから売れる文章が書けるだろうと声をかけてくれたのですが、その営業での経験も、今のPR活動に結びついていると感じています。
-本業は営業職だったのですか?
9年間保険会社で代理店営業などを経験していました。営業として、商品の良さを分かりやすく伝えるということを、毎日のように考えていたので、ライティングや、今の仕事にも共通点があると感じます。
営業のノルマ達成のために、商店街の保険ショップでイベントを企画したり、保険がたくさん売れるように勉強会を提案したり、大きな会社の社内用チラシを作ってキャンペーンの提案をしていました。広報PRでのイベント企画提案にも通じると思います。
-メディアに連絡をするメディアアプローチは、コールセンター業務が役立っているそうですね。
その保険会社で、コールセンターのマネージメントをしていた時期もあります。電話のかけ方一つにしても経験が生きています。メディアアプローチでは電話をすることも多く、苦手意識を持たずすぐ行動に移せたのはこのときの経験が大きいと思います。
特に、営業は専門性がないと思われがちなんですけど、企画営業をしてきたことで、PRの企画書が書けたり、電話をかけてメディアとの関係を0から作っていくのも営業で培われてきたものだと思います。
今まで点だったものが、広報PRを学んだおかげで、全部線で繋がったと思います。

-過去の経験が、今の広報PRに役立っているんですね。
数年前は、キャリアに一貫性がないと思っていました。キャリアが何度も分断され、この先に何があるんだろうと悩んだ時期もありました。
-今後の夢や目標はありますか?
今後も広報PRを主軸に活動していこうと考えています。中小企業の経営者は売上や事業の拡大をすごく重視しているので、マーケティングの知識とPRの知識を全部活用して貢献していきたいです。
特にPRの仕事は、一つのクライアントさんに長く関わることができるので、会社の中に入り込んで経営者と一緒に事業を拡大していくお手伝いができる、広報PRにはそういう将来性があると感じています。私も出会いを増やして、社会に色々と還元していきたいし、還元できると思うとワクワクが止まらないです。

-貴重なお話をありがとうございました。これからの活躍も楽しみにしています。
2024年3月取材時点の情報です。

The post 営業職、WEBマーケターを経て、広報PR会社の代表へ。半年間で50以上 のメディア掲載獲得。これまでの経験とPRの掛け合わせで、クライアントの事業拡大に貢献していきたい。加納和子さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post TBS『がっちりマンデー!!』や、フジテレビの『めざましテレビ』からの取材も獲得。自社製品がシリーズ累計販売16万台を突破。地元から世界企業をめざして。林 美千恵さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>夫と共に起業し、キッチン・アウトドア用品ブランド『IWANO(イワノ)』を立ち上げた林美千恵さん。16年間の銀行員生活から、未経験の広報担当へ。PR塾で学び毎月30社以上のメディア掲載を獲得。自社製品のホットサンドメーカーはシリーズ累計販売16万台を突破。最初の地元紙掲載から2年で、TBSの『がっちりマンデー!!』やフジテレビの『めざましテレビ』で取り上げられるまでに。PR塾での学びや、地元から世界ブランドにしていく夢について、お聞きしました。
PROFILE
株式会社ユニバーサル物産取締役
南山大学法学部を卒業後、三菱UFJ銀行(現在)で、法人向け外国為替業務、海外進出支援などを担当。結婚出産を経て、16年間務めた銀行を辞め、2014年夫と共に株式会社ユニバーサル物産を設立。キッチン用品やアウトドア用品ブランド『IWANO(イワノ)』を立ち上げ。現在は会社の広報・財務関係を担当。
オンラインストア:https://i-wano.com/
Instagram(IWANO):https://www.instagram.com/iwano_official/
Facebook:https://www.facebook.com/michie.hayashi.90
-大学卒業後はどんなお仕事をされていたのですか?
銀行に16年勤めていました。外国為替や企業の海外進出支援などの仕事で、充実した日々でした。しかし、結婚して出産後に、職場に復帰してからは思うように働けなくて、もどかしい思いをしていました。また、夫の前職は消防士で、2人とも安定した生活だったんですが、逆に言うと、突き抜けた未来がないと感じて、夫と一緒に起業することにしました。
-現在の活動を教えていただけますか。
2014年に夫と共にユニバーサル物産を設立しました。日常の身近なものを取り扱っていて、キッチンやアウトドア用品の『IWANO(イワノ)』というブランドを運営しています。燕三条製のホットサンドメーカーや、萬古焼で作った陶器のおひつなど、伝統産業を絡ませた商品展開です。
社名のユニバーサルには「普遍的な」という意味があって、30年前も30年後もある、そういう商品を目指しています。会社ではPRや広報、経理を担当しています。
-起業当時は経理だけを担当されていたそうですね。
会社を設立して6〜8年は、銀行のキャリアを活かして経理業務を行っていました。その時に感じたことは、広告をかければ商品は売れるのですが、それではキリがないということ。広告費が全体の収益を圧迫していると感じていました。広告以外の認知を高める方法が必要だと考えていました。
-広告費の削減が、PR塾に入るきっかけですか?
広告以外にも認知をあげたいと悩んでいました。PR塾に入る前に、SNSをやってみたのですが、フォロワーも増えず、いったいどこから広めたらいいのかと困っていました。また、商品を購入してくださる方はいたのですが、『IWANO(イワノ)』と知って買ってもらうお客様ばかりではありません。
広告じゃない認知を高める方法を知りたい、継続的にブランドの認知を広めたい、商品の認知度を高めたい、と思って入塾しました。
-PR塾はどこで知りましたか?
十数年前の朝日新聞土曜版に、郁乃さんが『airweave(エアウィーヴ)』の広報として出られていたのを見たのが、最初に知ったきっかけです。でも、そのときは銀行員でしたし浅田真央さんを起用して、すごく上手に広報されているなという印象だけでした。
2021年に『PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)』でも、郁乃さんが取り上げられて、PRを教えているということが分かったので、それからすぐに申し込みました。
-PR塾に入って一番良かったことは何ですか?
自分が書いた企画書やリリースの文章を添削してもらえたことです。アドバイスがすごく的確で、自分に足りないところを教えてもらえます。それを修正して、メディアにアプローチして、反応を見て、また修正を繰り返す、PDCAを回せるので、常に改善できるのがよかったです。
-PR卒業後に、「PR塾VIP」に入られていますが、いかがですか?
VIPでも企画書の添削をしてもらえるのが、よかったです。自分が書いた企画書をチームLITAの方が、ブラッシュアップしてくださったのですが、本当に目からうろこでした。
キッチン用品の企画書で、ある比較を追加してもらったのですが、自分では当たり前すぎて載せてなかったんです。多角的な視点で教えていただくことが多くて、本当にありがたいです。
-PR未経験から、どのようにメディア掲載を獲得されたのですか?
最初は、プレスリリースを書いて、メディアアプローチをしてみました。そこから初めてメディア掲載を獲得したのは、中部経済新聞でした。それは記者の方にお手紙を書くというアプローチから、取材に繋がったんです。
初めて新聞に載ったときは、写真入りで取り上げていただいたこともあって、本当に載るんだと感動しました。
入塾前は、月に2~3回、WEBメディアに載るだけだったのが、今では、毎月30以上のメディア掲載を獲得できるようになりました。
-新商品やイベントなどをプレスリリースで書いて、メディアに連続掲載されているのですか?
最初に中部経済新聞に載ってから、新商品が全く出ない時期が続きました。コロナ禍で展示会やイベントもなく、新商品のアイデアがあっても委託先が見つからなかったためです。
新商品が出ないので、プレスリリースが書けません。そのため、既存の商品の売り上げを上げていこうと思いました。そこで、入塾2か月目に企画書の書き方を質問して、見よう見まねで書きました。
-企画書を書いてすぐに、反応はありましたか?
すぐに反応はありませんでした。というのも、企画書も添削してもらったのですが、カタログみたいとか、広告臭がすると言われてしまいました。フィードバックをいただく中で、社会課題と絡ませるということを学び、企画書を書く力も養われました。
例えば、ホットサンドメーカーの場合、単にホットサンドを作るものっていうところから、社会性をからませるために、防災というワードに着目しました。防災グッズの中に入れようという提案をしてみたんです。直火でカセットコンロでも使えるので、災害の時に温かいものを食べられる、おにぎりやアルファ米を焼いてみるという提案です。時期も、3月11日や9月1日に合わせて提案をするようになってから、反応が出始めました。

-ホットサンドメーカーはシリーズ累計販売16万台を突破したそうですね。
売り上げ以外にも、仙台放送の「とろサーモン村田とソラシド本坊のアウトドア日和」など、テレビでも取り上げていただいて、PRの効果が出ていると思います。
この番組ではコラボ商品企画ができるようになっているのですが、コラボ企画は、インスタグラマーとの商品企画をしたことをホームページで見てくれた番組関係者からの連絡で始まった案件です。
-TBSの『がっちりマンデー!!』やフジテレビの『めざましテレビ』など、全国放送のテレビに紹介されたそうですね。
実は、キー局の方がどこで情報を知ってくださったのかは分かりません。でも点だったものが線になってつながったと感じています。
今までの地元紙や、地方のテレビ局などのメディア掲載の積み重ねがなければ、全国放送の番組で取り上げてもらえなかったと思います。
私が最初に郁乃さんのことを知ったのも、15年前の新聞記事です。どこかに載っていたものを覚えていた人が、次の行動につなげる、メディアの力や信頼は大きいと実感しています。
-さまざまなメディアで掲載される秘訣は?
メディアの連続掲載の秘訣は地道に続けること、1つの切り口が全くだめでも他を捻り出すことです。そのためには、いろいろな社会課題を知ることが必要だと思います。
あと、意識しているのは、2つの流れを作ることです。1つ目は、刺さる企画書を作成して大きなメディア掲載に持ち込むこと。2つ目は、新商品やクラウドファンディングなら、プレスリリースを量産してその商品に関わる検索を埋めていくことです。
この2つをすることで、たくさんのメディアに掲載されているという信頼感につながるのだと感じます。
-PRを学んで変化はありますか?
PRの視点を商品開発に活かせるようになったのがよかったです。今までは既存商品の企画書を作っていましたが、今は企画段階からPR視点を取り入れています。原材料や作り方を深堀りして、PRできる商品にしていった方が、後々の反応が全然違うと考えています。実際の商品発売は少し先なのですが、PRの力でより商品を広げていくことができるんじゃないかと感じて、これからが楽しみです。
それに、PR視点を取り入れた商品開発を始めて、視野が広がったというか、あれもやってみたい、これもやってみたいと、いろいろな可能性が見つかってきました。
-今後の夢や目標はありますか?
私は地元が愛知県なのですが、愛知県から全国へ、世界的にも有名な会社にできればと思っています。キッチン用品としては、『Vermicular(バーミキュラ)』や寝具メーカーだと『airweave(エアウィーヴ)』など、愛知で創業した有名起業と並んで名前を出していただける会社に育てたいです。

-貴重なお話をありがとうございました。これからの活躍も楽しみにしています。
※2024年2月取材当時の情報です。

The post TBS『がっちりマンデー!!』や、フジテレビの『めざましテレビ』からの取材も獲得。自社製品がシリーズ累計販売16万台を突破。地元から世界企業をめざして。林 美千恵さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post PRを整体院のカウンセリングに応用し、リピート率95%を達成。PRの手法を活かし、様々な業種のクライアントのサポートをチームでしていきたい。高橋麻菜美さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>ご主人の整体院のPRをしながら、PRプロデューサーとしても活躍されている高橋麻菜美さん。個人のお客様相手のビジネスも、広報の仕事も初めてでしたが、PR塾で学んで、1年弱でメディア掲載は10件を超えました。整体院では、カウンセリングにPR設計を取り入れて、お客様のなりたい未来を一緒に考えていると話されます。PR塾での学びをどのように仕事に生かしているか、また、今後の展望についてもお聞きしました。
PROFILE
REAM 代表 PRプロデューサー
家業の手伝いや様々な仕事をしながら、25歳で結婚。その後、家業の統合や出産などで忙しい日々を10年間過ごす。ご主人の整体院の開院を機に、認知拡大の手法を学ぶため、PR塾へ入塾。PR塾で学びながら、スタートアップ、中小企業のPRにも携わり、現在はPRプロデューサーとしても活動中。
Instagram :https://www.instagram.com/manami_takahashi.ream/
Facebook:https://www.facebook.com/oshima.manami
HP (UP door整体院): https://up-door.jp/
Instagram (UP door整体院): https://www.instagram.com/updoor.ryota_takahashi
-現在の活動を教えてください。
地元の愛知県豊田市で、夫の整体院のPR業をしながら、色々なクライアントのPRのお手伝いもしています。PR塾に入って1年弱で、今月で卒業ですが、メディア掲載は10件になりました。家業とPR業務、バランスを取りながら取り組んでいます。
-PRプロデューサーになる前は、何をされていましたか?
家業の事務全般を手伝っていました。25歳で結婚したのですが、その翌月に父が他界。兄が継ぎ、会社を統合したのですが、父が長年経営していた会社だったので、安定するまでに時間と労力がかかりました。その間、足りないところに私がサポートに入るかたちで、家業を支えていました。
また、Jリーガーだった夫が、引退後に柔道整復師免許を取得するため、夜間の専門学校に通ったり、結婚の翌年に出産したこともあり、家業の手伝いと育児と家事と、こなすだけで精一杯という日々が10年ぐらい続きました。
-PR塾を知ったきっかけは?
夫の整体院の開院に伴い、集客や認知度アップについて悩んでいました。個人のお客様相手のビジネスをしたことがなかったので、最初はマーケティングの本を読んで、独学でしていました。しかし、自分ごとに落とし込めなくて、今思えば、小手先の技術でやっていたように思います。
主人の学問や経験をより深く広く多くの方に知ってもらいたい、それにはどうしたらいいかと思っていたところ、PR塾のことをInstagramで知り、これだ!と思いました。SNSでのPR手法も学べることを知り、トータルで実践的に学べるのがいいと思い入塾しました。
最初は「プレスリリースって何?広報って何をするの?」と、何も知らないところからのスタートでした。わからないことは仲間にどんどん質問して教えてもらっていました。当時は、行動あるのみ、続けることが大事と思ってPR塾の講義に参加。講師や仲間、同期に聞ける場があるのもよかったです。
また、PR塾には同業種の方ばかりでなく、色々なお仕事をされてる方がいらっしゃるので、様々な視点で話を聞けるのが、私の中ですごく大きかったです。視野が広がりました。
-入塾してどうでしたか?
講座はアーカイブもあるのですが、なるべくリアルタイムで受講するようにしました。忙しいときは、せめて耳だけでもと思い、家事をしながら講座を聞いていました。他の人への講師の方のフィードバックは、私も勉強になりますし、リアルタイムでの受講は温度感が伝わってきました。
他の受講生の実績報告がすごくて、怯んでしまった時期もあります。でも、講師の方も、受講生も熱量が高くて、すごく刺激になっていました。ロールモデルの方が多くいらっしゃるので、私もあの方のようになりたい、頑張ろうと思えました。
だんだん講座を受ける中で、できるかもしれない、そういうことだったのね、と自分の中で落とし込みができるようになってきて、そうすると自信が出てきて、だんだん面白くなってきました。
-PR塾で学んで一番良かったことは何ですか?
メディアアプローチ編は、 本当に練習になりました。メディアに電話した方がよいと言われても、最初はどうすればよいのか分かりませんでしたし、すごく緊張しました。PR塾ではロールプレイング形式で一緒に練習ができるのがよかったです。今では抵抗感なく、電話をかけることができるようになりました。
-PRするにあたり、整体院の強みから見直したそうですね。
夫のJリーガーの経験や、柔道整復師の資格もあるため、強みはあると思っていました。しかし、いざ整体院のPRをするとなるとお客様にどう思われたいか、どのようなことを提供したいのか、明確に言えないことに気が付きました。
考えた結果、お客様自身の体を最大限に生かした体作りができることが強みだと思いました。経験を活かしてトレーニング方法も含めた体作りをお伝えしていこうと、スポーツが好きな方や、スポーツをしている子ども向けの整体、忙しいママ向けのコースを作りました。
入塾して2か月目に、初めてプレスリリースを書きました。整体院のプレスリリースを書いたのですが、実は何を書けばよいか分からなかったんです。そこで、どんなお客様に、どう思われたいかを逆説的に考えて、イベントをつくり、プレスリリースを書きました。
情報をたくさん詰め込みたくなるけど、本当に伝えたいところにフォーカスを当てることをPR塾で学べました。

-整体院でもPRの手法を使っているのですね。
整体院では、PR設計の手法をカウンセリングに取り入れています。お客様自身がどうなりたいかをしっかり聞いて、私たちが最大限にできることを提案しています。その後の生活が充実し、ご自身の目標に向かっていけるように、体作りの提案をしています。開院から1年ですが、今ではリピート率95%になりました。
-ご主人の整体院以外でもPRプロデューサーとして活動されているのですか?
最初は、PRプロデューサーとして仕事をしていくとは想像もしていませんでした。PR設計を添削していただいた講師の方に「絞る勝ち方」を教わったのがターニングポイントです。色々な良さを幅広く伝えることは安心なのですが、誰にも刺さりません。「絞る勝ち方」は、皆さんの業種にも生かせると思いました。
この1年で、整体院プラス3社のPRに携わらせていただいています。企画から考えて、プレスリリースを書いて、メディアへのアプローチまで、トータルでサポートしています。お伝えしたいことと、メディアの方の興味があることが合致したときがたまらなく楽しいです。
集客は目に見える実績なので、すごく面白いです。よいものをより多くの方にお伝えしたい、推し活ですね。


-今後の夢や目標はありますか?
チーム化をして、もっと色々な業種の、お客様のサポートをしたいと思っています。PR塾で学んだことを一層生かしていきたいです。今までの仕事もやりがいがなかったわけではないのですが、先が見えない部分がありました。しかし今は、クライアントさんと一緒に、こういうイベントをやりましょう、企画しましょうと、目標を持って取り組まれている方々と二人三脚で仕事をして、一緒に喜べることが本当に楽しく思います。

―貴重なお話をありがとうございました。これからの活躍も楽しみにしています。
※2024年1月取材当時の情報です。

The post PRを整体院のカウンセリングに応用し、リピート率95%を達成。PRの手法を活かし、様々な業種のクライアントのサポートをチームでしていきたい。高橋麻菜美さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post 未経験から出版PRを手掛けた本が30冊、メディア掲載は100社以上。コンサル会社兼出版会社でPRプロデューサーとして、著者と共に成長していく。小齋希美 さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>出版会社兼コンサル会社でPRプランナーとして働く、小齋(こさい)希美さん。もともと塾講師で、出版業界は未経験でしたが、3年で出版PRを手掛けた本が30冊、メディア掲載は100社以上になりました。もともと広報に興味があり、PR塾に入塾後は、その学びが仕事ですぐに役立ったという小齋さん。PR塾で得られた経験やPR塾VIPでより深く学んだPRのこと、今後の目標をお聞きしました。
PROFILE
㏚プロデューサー
塾の講師から広告業界へ転身後、現在は株式会社サイラスコンサルティング 兼 星野書房の社員として働く。株式会社サイラスコンサルティングの代表からPR塾を勧められ、受講。卒業後は、PR塾VIPでさらに学びを深め、現在はPRプロデューサーとしても活動中。
株式会社サイラスコンサルティング/星野書房HP: https://silas.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/nozomi.kosai
-今までどんなお仕事をされていたのですか?
最初は、地元の北海道で子ども向けの塾の講師をしていました。仲間にも恵まれていて楽しかったのですが、長期的に働くことを考えたときに、続けるには難しさを感じました。その後、東京で広報の仕事に就きました。しかし、その会社が倒産し、北海道に戻るか悩んでいたときに、今の会社にご縁をいただきました。
-現在の活動をお聞かせいただけますか?
株式会社サイラスコンサルティング 兼 星野書房に所属し、PRプランナーとして、経営者の方や企業のメディアPRを中心に活動しています。それまでは出版業界は未経験で、PRもわからない状態でした。
今の会社では書籍の制作をメインの事業としていますが、本を出版して終わりではなく、その後どうやったら著者が活躍できるのか、ビジネスをより発展させていけるのかというコンサルティング業務もしているところに魅力を感じています。入社後は、さまざまな部門を担当しましたが、現在は、書籍を出版された著者の書籍のPRや著者自身のPRをメインに仕事をしています。
メディアの方に電話をかけたり、プレスリリースを書いて著者や担当者の方に添削いただいたものを配信しています。もともと、塾の講師ということもあり人前で話す度胸があったみたいで、PRの仕事におもしろさを感じています。
-PR塾を知ったきっかけを教えてください。
弊社は出版事業とコンサルティング事業という柱があり、代表の星野が、本を出版したら終わりではなく、本をどのように売っていくか、著者が出版後にどういうふうに活躍されるかまで考えていくためには、PRが大切ということから、PR塾で学んでいました。
その後、PR塾がすごく実践的でいいからと代表に勧められ、入塾しました。私は前に広報の仕事を少しだけしていたので、PRに興味があったこともあり、入塾できることがすごく嬉しかったのです。
-PR塾に入っていかがでしたか?
PR塾で学んだ事を実践したことで、この3年間で出版PRを手掛けた本が約30冊、メディア掲載は100社を超えていると思います。
普段していることは、電話をかけて、献本をして、担当の方に興味を持っていただいて、アプローチをどんどんしていくという地道な活動です。でも、PR塾で学んだからこそ、この実績につながったと思っています。
PR塾では、色々な講義に出て、学びながらプレスリリースを書いて、添削もしていただきました。同じ受講生仲間からの質問にチャットで答えたり、私が質問したり、アクティブに活動していました。
-メディア掲載100社以上はすごいですね。
あるクライアントさんは、ご自身で広告を出した時の費用を計算されていて、「雑誌に広告を出稿するのは費用が高いのに、メディアPRで雑誌に掲載されるなんて、費用対効果が高い」と、とても喜ばれていました。また、著者個人のPRをすることで、書籍のPRにつながることもありました。

-PR塾で一番良かったことは何ですか?
新聞社やテレビ局などのメディアの方がゲストで来られて、1分でプレゼンする「メディア交流会」です。1分でまとめて著者や書籍の良さを伝えるというものなのですが、端的に良さを伝えるという学びは大きかったです。また、毎月あるので毎月練習して、緊張しながら本番を迎えてプレゼンするのも勉強になりました。初めは全然できなくて、でも、メディアの方に褒めていただいて、自信に繋がっていきました。
フィードバックでは、もちろん、厳しいお言葉をいただくこともありました。でも、指摘をいただいたらそれをブラッシュアップしていけますし、よい評価をいただいたら、これでいいんだという自信が持てました。
-お仕事でも役に立ちましたか?
著者や書籍を1分間でまとめて、良さを伝えるという点は、仕事にも役に立っています。経営者の方から、どういう所がいいんですか?という質問にも、臨機応変に端的に答えられるようになりました。短い言葉でキャッチーに伝えるのは、大変勉強になりました。
また、メディアに掲載依頼の電話をかけるのも、毎回緊張しますが、人前で話をするという機会をいただくことによって、度胸がついたと思います。実践のトレーニングができたので、徐々に結果が出ている実感があります。
-PR塾を卒業後、「PR塾VIP」も学ばれていますね。
受講生の同期のみなさんがプロというか、活躍されている方が多いので、みなさんから刺激を受けています。より実践的な内容やタイムリーな情報を共有いただけるのも本当にありがたいです。「こうやったら掲載になりました」という実際の話を具体的に聞けるので、すごく勉強になっています。

-PRの仕事をして3年経ちますが、いかがですか?
大変さはもちろんあるのですが、より多くの方に良い物を知っていただく機会を、自分が作れているという点ではやりがいがあります。
また、実際に著者に喜んでいただけるので、本当にこの仕事をやっていてよかったなと思います。2023年に弊社で出版社を設立したので、PR業務も、もっと増えると感じています。
-会社が設立した出版社について教えてください。
2023年5月に弊社では出版社「星野書房」を立ち上げました。今までは出版プロダクションだったので、出版社と一緒に本を作っていましたが、これからは自分達で本を出版することができます。また、これまでは出版社と弊社でタッグを組んでPRなどをしていましたが、今後は全部自分の会社で判断することもできます。その分、よりPRの自由度が高まったと感じています。
2024年1月に星野書房の1冊目の本を発売しました。すでにPRの手ごたえが、かなりあります。早速、掲載のご連絡もいただいて、やりとりを進めています。PRプロデューサーとして、より一層がんばろうと思っています。

-PR塾に興味のある方へメッセージをお願いします。
自分自身も初めてから㏚塾で学ばせていただいて、今のような結果を出すことができています。いくつもの課題を、実践でやっていきたい方にはおすすめです。個人事業主の方だけでなく、事業として役立つので会社も拡大するためのスキルが身につきます。
-今後の夢や目標はありますか?
書籍PRや、出版PR、著者のPRなど、出版に関するPRを究めていきたいのはもちろんですが、それだけではなく、弊社はコンサルティング業務を行っているので、著者と一緒に、共に成長できればと思っています。
本を出したら終わりではなく、本がどのようにして売れるのか著者と一緒に考えて二人三脚で盛り上げていけるように考えています。5年、10年とお客様に伴走して行くというのが、会社のスタンスです。その中で自分自身も一緒に成長させていただいているという感覚があり、今はとてもありがたい環境です。今後は、㏚事業での売上を増やして、会社に貢献していきたいです。

貴重なお話をありがとうございました。これからの活躍も楽しみにしています。
2024年1月取材当時の情報です。

The post 未経験から出版PRを手掛けた本が30冊、メディア掲載は100社以上。コンサル会社兼出版会社でPRプロデューサーとして、著者と共に成長していく。小齋希美 さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>The post 地元島根の名物女将として活動。大学からの観光広報アドバイザーの依頼をきっかけにPRを体系的に学ぶために入塾。日本の文化である旅館と女将の名を広めるためにPR活動を本格化。小幡美香さん first appeared on PRプロフェッショナル協会.
]]>島根県の温泉旅館の女将であり、しまね観光PR大使もされている小幡美香さん。金融機関で働いている時にご主人に出会い、25歳の時に旅館に嫁がれました。金融機関を退職後は若女将として旅館業に携わるようになりました。嫁いで7年後に女将となり、のちに、島根の伝統芸能である「安来節どじょうすくい踊り」の名人から声をかけられ「宿のもてなしのひとつになれば」と挑戦し、今では師範に。20年間旅館のブログを継続、SNSで発信を続け、島根県の名物女将として活躍されています。PR塾に入塾後、さらに複数のメディア掲載を獲得している小幡美香さんに、PR塾で学ぶまでの経緯と今後の目標をお聞きしました。
PROFILE
さぎの湯温泉旅館「竹葉」3代目女将/しまね観光PR大使
島根県松江市出身。広島県尾道市立短期大学を卒業後、6年間農林中央金庫松江支店に勤務。結婚し、島根県にあるさぎの湯温泉旅館「竹葉(ちくよう)」に嫁ぐ。島根県の伝統芸能である「安来節どじょうすくい踊り」を踊る「どじょうすくい女将」として活動。しまね観光PR大使、島根大学の観光広報アドバイザー。実家の柿農園の事業継承を行い、現在は観光業と農業の二刀流で活動中。
旅館HP:https://www.chikuyou.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/okamika61/
Instagram:https://www.instagram.com/okamika61/
Blog:https://ameblo.jp/chikuyou/
-今は旅館の女将さんですが、それまではどんなお仕事をされていたのですか?
短大を卒業してからは、金融機関で働いていました。当時の仕事は、何億何兆というお金を扱う部署にいて、厳しい職場でしたが、やりがいをもって仕事をしていました。
金融機関勤務時代に旅館の一人息子だった主人に出会いました。交際後、私たちが結婚したいと両親に伝えたら猛反対されました。宿泊施設は大変という印象が強かったみたいです。説得をして数年後に結婚、若女将として働くことになりました。
結婚してしばらくは金融機関で働きながら、若女将をしていました。地元の方に可愛がっていただける、身近に感じていただける存在になりたいと思って退職。旅館業に専念することにしました。今は、主人が料理長として関わっており、私も調理師です。そして経営は二人三脚で行なっています。
―旅館に嫁いでからはどうでしたか?
旅館の仕事は楽しいです。結婚して1年後に長女が生まれ、その後長男が生まれました。子どもが生まれてからは、おんぶをしながら接客していました。旅館の繁忙時には実家に預けたり、旅館のスタッフを含めたみんなに子育てを手伝ってもらいながら、仕事をしていました。

―若女将として、順風満帆に進んできたのですか?
有名観光地の真横に旅館があるにも関わらず、経営課題が山積みで、宿が認知されておらず、PRもしていく必要がありました。どうにかしなきゃと思いながら一生懸命やっていました。
女将になった後に、「安来節どじょうすくい踊り」に出会いました。旅館は島根県安来市にあるのですが、安来市は伝統芸能を大事にしている地域ということもあり、旅館と伝統芸能を重ねてやっていこうと思いました。

―島根県の観光大使もされているのですね?
旅館の女将として活動していく中で、自分たちの旅館だけじゃなく、地域を大切にしよう、島根を大切にしようという思いになり、活動して参りました。
また、山陰・島根を盛り上げるための広報活動として、JR西日本様の「山陰いいもの探県隊」という取り組みがあり、活動してきました。「安来節どじょうすくい踊り」は旅館の中だけでなく、山陰観光PRとして、羽田空港の出発ロビーや大阪駅、時にはハローキティ新幹線の中でお子さま向けにパフォーマンスをすることもありました。
実は、「安来節どじょうすくい踊り」は男踊りです。当時女性でどじょうすくいを踊る人があまりおらず。どじょうすくい踊りの名人から声をかけて頂き、宿のおもてなしになればいいなと思って始めました。お陰様で始めてから13年経ち、今では師範になりました。

―挫折や、悩んだ経験はありますか?
結婚してすぐは、旅館の経営や人間関係に悩み、初めてのことばかりで、本当にビックリすることもたくさんありました。けれども、「ここで負けてはならぬ…」みたいな気持ちで乗り越えてきました。凹むこともいっぱいありましたが、「為せば成る」の精神と「笑っていけばなんとかなる」の心意気でやってきました。基本的には明るい性格です。
―ブログを20年間されていると聞きました。
旅館に嫁いでから、宿の認知度向上と集客のためにブログを始めました。女将ブログは20年続けています。私はコツコツ継続することが苦手でしたが、今では各種SNSを連動させて大きな発信力・影響力を得ることが出来るようになりました。
ブログを始めた当初は、宿や家族、身近な存在、大切にしている存在を元気にしていくために、一人の力で最小の労力で最大の効果が狙えるものは何だろうと考えました。それが女将ブログでした。
時々、SEO対策として「女将」でGoogle検索するとトップページに情報が並ぶようになりました。「継続は力なり」ですね。
―それだけご自身でSNSを活用されていて、どうしてPRを学ぼうと思われたのですか?
プロの方々が、どのようにPRをされているか知りたかったからです。ずっと自己流でやってきたので、業界の方、㏚広報、プロのPR広報術を学びたいと思いました。
実践的に論理的に学ぶのが好きで、知的好奇心を駆り立てられ、その時に㏚塾の情報を見つけました。
同時期に国立大学法人島根大学様から、観光広報アドバイザーについてのご依頼を承りました。大学の観光広報アドバイザーに就任したことをきっかけとし、なおさら㏚を体系的に学ばなければと思いました。
―大学ではどういうことを教えておられるのですか?
大学では、観光広報アドバイザーという形で関わっています。島根大学の中には観光学部や観光学科はありませんが、様々な学部の学生さんが副専攻の形で観光について学ぶ機会があります。
例えば法文学部の場合、法の分野からだけではなく、観光業と結びついた時に、どのような形で地域に貢献できるかフィールドワークを含めた実践形式で学ぶ機会もある人気の講座があります。私は「観光地域経営論」で授業をしたり、大学ブランディングにとって大事な広報に関わらせて頂いています。

―PR塾で学ばれてどうでしたか?
すごく良かったです。我流でしてきたPR広報は、どこかで「このやり方で本当にいいの?」と思っていました。
PR塾のみなさんは、本当にたくさんの素晴らしい実績を出しておられます。この方法が王道だと感じましたし、今まで以上にPR広報に自信がつきました。
近年、私の旅館で戦国武将のコンセプトルームを作った際にPR塾で教えてもらったことをそのまま実践しました。旅館から出したプレスリリースはテレビ局、新聞社、トータル10社の取材掲載に繋がりました。

―今までもプレスリリースを書いて、メディアに送ることはされていたのですか?
これまでもプレスリリースはしていたのですが、PR塾で学んでからは全然違いました。圧倒的にメディアにアプローチできる量が増えました。PR塾で教えていただいた電話でアプローチをする時間帯や具体的な方法を試してみました。リリースを送るだけではなく、メディア担当者様と連絡が取りやすい14時頃に電話をしてみたりしました。
プレスリリースの添削も活用しました。情報を絞り、やり方を工夫し、分かりやすく学ぶことが出来ました。
例えば、沖縄県の宮古島で「安来節どじょうすくい踊り」体験のプレスリリースを送った時も、ご縁が無かったにも関わらず、取材をいただくことが出来ました。
―2年間㏚塾に入ってみて一番何がためになったと感じますか?
専門的な知識があるということで、さらに自信を持って、どなたかのお役に立てるかなと思いました。型を学ぶことに加え、これまで自分が培ってきたSNS運用と合わせることで、さらに自信を持ってPR広報をすることが出来るようになりました。
―コツコツ継続できるコツや、マインドをお聞きしたいです。
習慣というのが一番だと考えます。私の場合は、子どもの存在が大きいです。子どもに伴走する必要があるということが長く続きました。ご支援を頂くような状況で、入院期間も長かったです。
とにかく子どものサポートもしっかりできる状態にしておこうと思っていました。家族の存在が原動力だったと思います。子どもの姿を見て、自分が元気であり続け、支えねばと思ってきました。
コツコツ継続するコツというのは、こだわり過ぎず習慣にすることです。例えば、伝えたいことが無い日があっても、季節の行事イベント等をブログに書いていました。
実は、コロナ禍により世の中が閉じている頃、私は大病をしました。旅館経営も体調も大変な中ではありましたが、出来ることから前向きにやっていこうと思いました。
PR塾に入塾当初は、まずは在宅で体調を整えながら仕事をしており、オンライン中心でした。各種講演会・企業研修セミナーもオンラインで承っておりました。仕事をコツコツ継続させるコツについてですが、一日一日を大事にし、出来ることから取り組むことを大事にしています。
―今後の目標を教えてください。
日本の伝統文化を伝えることが出来るのは女将だと考えます。女将は地域のプロデューサーでもあります。全国の女将さん方と一緒に地域のプロデュースをし、日本の価値を高めていきたいです。

小幡さんのお話を聞いているとすごく元気をいただけました。素敵なお話をありがとうございました。これからもすごく楽しみです。
※2023年12月取材当時の情報です。

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